(71)
負けてしまったーーー。
古舘はグラウンドに座りこんだ。
負ける要素はひとつもなかったはずだ。
実際に自分達は敵を追いこんだ。
あと一歩のところで、俺は勝てたんだーーー。
中々顔が上げられない。
せっかく柳本先生が来てくれたのにーーー。
「古舘さん、整列しましょう」
大西がそう呼びかけると、古舘はしばらくうつむいた後、ゆっくりと立ち上がり、ホームベースの方に歩いていった。
「ゲームセット!」
審判の声がグラウンドに響き渡る。
それと同時にサイレンがそれ以上のボリュームで響き渡る。
「よっしゃ、勝った!」
「これで準決勝だ!」
明北ベンチは活気に湧いていた。
明はベンチに座ったままうなだれている古舘を見た。
古舘はうなだれたまま動かない。
明は横目で見ながら、帰り支度を始めた。
「…ちょっとそこら辺を散歩してくる」
古舘はやおら立ち上がると、そう言って裏の方に歩いていった。
「…古舘さん…」
大西は古舘の丸くなった背中をじっと見ていた。
古舘はバックネット裏の通路をゆっくり歩いていた。
負けてしまったーーー。
せっかく柳本先生が来てくれたのにーーー。
成長した姿を見せたかったのにーーー。
後悔が滲み出てくる。
もうどうしようもないのに、後悔と自責の念が止まらない。
ついに古舘はその場に座りこんだ。
また顔をうつむかせる。
「…久しぶりだな」
声の方向を見ると、帽子を被った男性がこちらを見ていた。
「や、柳本先生…」
古舘は一瞬を目を丸くしたが、すぐに笑顔に変わった。
その目には涙も光っている。
「…柳本先生!」
古舘はそう言うと、柳本先生と抱き合った。
「…すいません…。せっかく柳本先生が来て下さったのに…。僕、勝つことができませんでした…」
柳本先生はじっと古舘を見つめている。
「僕、柳本先生に成長した姿を見せたくて今まで頑張ってきたのに…。こんな無様な姿を見せてしまって…。本当に…、すいません…」
涙声で古舘は訴える。
柳本先生はゆっくり古舘の方を見ると、
「…お前の頑張りは無駄なんかじゃない」
と言った。
「…え…」
古舘は柳本先生の顔を見る。
「2年前…、私はとても無駄なことをしてしまった。もっとお前達のことを指導しなくてはいけないのに、無駄なことをしてそれが叶わなくなってしまった」
「…で、でもそれは…」
「正直後悔したよ。なんであんなことをしたのかってな。でも、今はまた違う高校で野球部の監督をしているんだ」
「そ、そうなんですか…?」
古舘は柳本先生の顔を見る。
「後悔はしたっていいんだ。その後どう立ち直るかなんだ」
柳本先生は、そう言うと一呼吸おいてから、
「今までよく頑張ったな。私はその姿が見られただけで十分だ」
と古舘の肩を叩いた。
古舘の目から涙が溢れた。
「あ、ありがとうございます…」
古舘は涙声で柳本先生に感謝した。
「じゃあな」
柳本先生はそう言うと、出口に向かって歩き出した。
古舘はいつまでもその姿を見ていた。




