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「約束だ。交代だ」
古舘は瀬川の元に向かうと、交代を告げた。
「ち、ちょっと待って下さい!必ず抑えてみせますから!」
瀬川は大きな声で古舘に懇願する。
あんな声してたのか。
明がベンチから見つめる。
マウンドにいる瀬川は、心無しか出てきた時に比べて小さくなったように見えた。
あんなに大きく見えた瀬川が、今はちっぽけに見える。
それほどまでにあの古舘の威圧感はすざましいのだろう。
「約束だ、交代だよ」
古舘は今度は諭すように言った。
「…はい」
瀬川はうつむいたまましばらく動かなかったが、やがて立ち上がると、声を絞り出すように返事をした。
瀬川はその汗がにじむ顔を下に向けると、ゆっくりとベンチに戻っていった。
「なんか、少し同情するな」
井川がそう言うと、
「あぁ、瀬川頑張ってたよな」
と北野が同情した。
その後は明北打線も鳴りをひそめ、追加点は奪えなかった。
いよいよだ。
最終回。
明北高校は逆転し、2点差につけている。
「よし、この回を守りきれば俺達は勝てる!最後まで気を抜くなよ!」
楢崎の呼びかけに選手達が応える。
円陣が解かれると、選手達はそれぞれのポジションについた。
長かった。
明はグローブを叩く。
この試合は色々あった。
色々ありすぎて覚えていないぐらい。
しかし、それももう終わる。
俺達が勝って、また試合をするんだ。
9回裏、荒谷高校の攻撃。
バッターは古舘から。
楢崎は第1球を投げる。
少し球速は衰えてはいるものの、かなりコースをついたものだった。
「ストライク!」
古舘は身じろぎ1つせず、マウンドを見つめている。
何か策でもあるのか?
明は古舘をジッと見つめる。
第2球。
ここでも古舘は何もしてこない。
最終回でしかも負けているのにも関わらず、古舘は一行に打つ気配がない。
その姿は、勝負を諦めたようにさえ見えた。
これで終わりだ。
楢崎は第3球を投げた。
外角に食い込むストレートだ。
すると、古舘はバントの構えをとった。
「バ、バント…?」
楢崎は思わず反応が遅れた。
古舘のバットとボールがぶつかり、コン、という乾いた音が出た。
それと同時に古舘はダッシュで一塁にかけこむ。
「明、取れ!」
明はその言葉を聞き、自分に転がってきたボールを拾った。
明はそのままボールを一塁に投げた。
古舘はヘッドスライディングで一塁に滑り込む。
周りには激しい砂ぼこりが舞い上がった。




