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明はグリップを握りしめる。


試合は9回表。

点差は2点差でこっちが負けている。

この回を抑えられてしまったら、俺達は負ける。

先頭の小宮は三振に倒れてしまった。


俺が打たないと、負ける。


明はマウンドを見る。


マウンドには昔、うちの高校にいたという元エースの瀬川がいる。


瀬川の球は衰えることを知らず、明北高校打線を完全に抑えこんでいた。


古舘は、観客席の方へ視線を向ける。

帽子を目深に被り、腕組みをしている柳本先生を見つける。

ーーーー柳本先生、見ていて下さい。

古舘は元の位置に戻り、ミットを構えた。




「プレイ!」

審判の声が球場にこだまする。


俺がなんとかしないと。

明のグリップを握る手が強くなる。


「明、打て!」

「お前なら打て!」

「打てないなら、当たれ!」


ベンチからは様々な声が飛ぶ。

明はその声援を背にマウンドの瀬川を見る。


瀬川はゆったりしたモーションで第1球を投げる。

やっぱり早い。


そう思っていると、あっという間にボールはミットに吸い込まれていた。


バットを振れなかった。


明は思わずうなだれる。


これは負けた。

こんな球が打てるはずがない。


このまま打てなければ、先輩達はここで引退してしまう。

打たなきゃ。


「ストライク!」

また振れなかった。


ここで踏ん張らないと、終わってしまう。


でも、打てない…。


打てないなら…。


瀬川は第3球を投げた。


頼む。なんとかなってくれ。


明はバントの構えを取った。


「バ、バント?」

ベンチから声が飛ぶ。


しかし、明はサッとバットを引いた。


「ボール!」

今ので勘づかれたかな。

明はバットを握る。


でも、やるしかないんだ。


瀬川が第4球を投げる。

と同時に、内野がダッシュしてくる。


「ボール!」


やはり気づいている。


明は一息ついた。


瀬川は第5球を投げた。


明はバントの構えを見せる。

内野がダッシュしてくる。


今だ!


明は素早く持ち変えると、ボールをバットで叩いた。


瀬川が意表をつかれた顔をしているのが目に入った。


明は懸命に走った。

アウトになろうがセーフになろうが関係ない。

とにかく走る。


瀬川がボールを拾い、ファーストに投げる。


明はベッドスライディングをした。


辺りは砂ぼこりが舞い上がる。


塁審は状況を確認したあと、


「セーフ!」

とコールした。


ベンチからは歓声が飛ぶ。


やった。

やってやったぞ。


明は落ちたヘルメットを拾って、ベンチからの声援に応えた。

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