(65)
明らかに空気が変わった。
試合は今、6回裏である。
点差は2点差。
逆転も不可能ではないのだが、不可能な空気が漂っていた。
それもそのはず。
相手は古巣にいたスゴ腕のピッチャーだ。
先輩たちが全く打てないんだから、自分が打てるはずがない。
明は顔の汗をぬぐう。
そこからは一進一退の攻防が続いた。
楢崎はもう1点もやれないとばかりに、荒谷打線を三振にきってとる。
瀬川もそれに応えるかのように、明北打線を抑え込む。
「熱闘」という言葉がふさわしい状況だった。
もう1点もやれない。
両投手の球のスピードからその気概がありありと伝わってきた。
そして、いよいよ試合は9回。
明北高校は、8番・小宮からだ。
「小宮打てー!」
「なんでもいい!打つんだ!」
「打つまでベンチに帰ってくんな!」
ベンチから様々な声が飛ぶ。
小宮はグリップを握りしめる。
瀬川はゆったりとしたモーションを見せる。
そこに疲れは全く見えない。
「ストライク!」
球審が拳を突き出す。
瀬川の球は衰えるどころか、さらに速くなっているような気さえした。
これは勝ったな。
古舘は笑みを浮かべ、ボールに瀬川に返球する。
「ストライク!バッターアウト!」
小宮がアウトになった。
あれ?これ、負けちゃう。
明はうなだれた様子で打席に立つ。
「明、頼むぞ!」
「必ず打ってくれ!」
「打つまでベンチに帰ってくんな!」
ベンチからは声が飛ぶ。
俺だって打ちたいよ。
明はそう思いながら、グリップが握りしめた。
汗が少しにじんでいた。




