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やってしまった…。

楢崎は目の前が真っ白になった。

1塁に投げた牽制球は、藤田のグローブをはるかにそれる大暴投だった。

「大貫、走れ!」

古舘がベンチから叫ぶ。

大貫は勢いよく2塁に走る。その時、

「ま、待て大貫!ストップ!」

と古舘の声が聞こえてきた。

大貫は慌てて立ち止まり、後ろを振り返った。

そこには、ボールを持った藤田が立っていた。

「はい、ご苦労さん」

藤田はグローブで大貫にタッチした。

「アウト!」

大貫は呆然とした。




大貫がベンチに戻ってくると、古舘が、

「大貫!お前ホントに気が付かなかったのか?」

と叫んだ。

「ワ、ワリィ…。てっきり後ろに反らしたと思ってたからよ…。」

大貫もうなだれる。




「いやぁ、さすがウチのファーストだな!」

小宮が藤田の肩を叩く。

「ホントですよ。あそこでボールを落としていたら大変でしたよ」

明も同調する。

「いやぁ、俺も正直焦ったよ。楢崎がとんでもねえ所に投げるんだもんな」

藤田が笑いながら言う。

「ワリィ、ちょっとイライラしちゃって…」

楢崎が苦笑いをする。




実は楢崎が大暴投をした時に、藤田はジャンプをして奇跡的にキャッチしていたのだ。

それに気がつかない大貫は、スタートを切ってしまったのだ。

「いやぁ、藤田のおかけで助かったよ。ありがとな」

楢崎がそう言って藤田の肩を叩くと、藤田が照れ臭そうに頷いた。




こうなったら、作戦どうのこうの言ってられないな…。

古舘は空を見つめた。

「おい大西」

「あ、はい」

名前を呼ばれた大西は古舘の方を見た。

「お前は次の回から交代だ」

「え?なんでですか?僕、まだ投げられますよ!」

「勝つためなんだ。わかってくれよ」

「いや、でも…」

すると、古舘は大西の方を向き、

「大西、お前俺に1万円借りてるよな」

と言った。

「あ、あの、それは…」

「お前が新しいグローブを買いたいから貸したのに、5か月たっても返ってきてないよな」

「あ、いやすぐには…」

古舘は立ち上がって大西の前に立つ。

「今すぐ1万円返してくれたら、まだ投げてもいいよ。どうする?」

「あ、いや…」

大西は目が完全に泳いでいる。

「どうする?」

「も、も、ももも、もう少し待って下さーーーい!」

大西は膝を落とした。

「わかった。交代だね。瀬川、ブルペンで肩を作っといて」

古舘は笑いながらベンチに戻った。

その様子を見ていた大貫は、

「敵に回したくねぇな…」

と呟いた。




「ストライク!バッターアウト!チェンジ!」

「よっしゃ、なんとか乗り切ったな!」

楢崎に小宮が声をかける。

「あぁ、なんとかな」

楢崎が小さく頷いた。

「それにしてもあのピッチャー、なんか元気なかったな」

「あぁ、なんか魂を吸い取られたような感じだったよな」

北野と藤田が話していると、

「荒谷高校のピッチャー交代をお知らせします」

とアナウンスが流れた。

「なんだ、交代するのか」

北野が言った。

「ピッチャー大西君に変わりまして、瀬川君」

アナウンスが流れると、

「せ、瀬川ぁ!?」

と楢崎たちが大声を出した。

「そんなに大きな声出さないで下さい。寿命縮まりますよ」

明は胸を抑えて言った。

「ワリィ…。つい…」

楢崎が誤った。

「それにしても、あの瀬川って人、知り合いなんですか?」

明が聞いた。

「いや、知り合いっていうか…」

楢崎が深呼吸をして、

「昔、ウチの部にいたんだ」

と言った。




「えーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

今度は明が大きな声を出した。

「お前も大きな声を出してんじゃねぇか…」

北野が呆れた様子で言った。

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