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「柳本先生が…、解雇された…?」

古舘は棚橋の言葉が信じられなかった。

「な、なんで柳本先生が解雇されたんですか?」

古舘が恐る恐る聞いてみると、棚橋は、

「柳本先生が部員の1人を蹴り上げたんだ」

と答えた。

古舘は言葉を失った。

でも、心当たりがある。

柳本先生は試合の時は練習の時と比べて態度が変わる。それは古舘もよく知っている。

そういえば、最初の練習の時もそうだ。

入ったばかりの古舘にいきなりノックをした。

熱くなると前が見えなくなる。

古舘は薄々感づいていた。

「じ、じゃあ、野球部はどうなるんですか?」

「当分は笠原先生が代理を務めるそうだよ」

棚橋は淡々としている。

その時、笠原先生が部室に入ってきた。

「みんな、話がある」

笠原先生のそばに古舘が駆け寄って、

「柳本先生はどうなるんですか?」

と聞いた。

「詳しいことはわからんが、おそらく解雇は避けられないだろうな。目撃者もいるし」

「目撃者?」

「あぁ、応援に来ていた保護者の方が見ていたらしい」

「そんな…」

笠原先生は部室の中央に立つと、

「みんな、大事な話だからよく聞いてくれ」

と、話し始めた。

「知っている人もいると思うが、柳本先生がこの野球部の部員1人を蹴ったと保護者の方から報告があった。まだ詳しいことはわかっていないが、目撃者もいたことから間違いないないだろうということらしい」

「そんな…」

「そこで、柳本先生からみんなに最後のお別れを言いたいそうだ。みんな、大丈夫か?」

部員たちは小さくうなずいた。

古舘もそれにつられるように小さくうなずいた。







放課後、野球部の部員達は部室に集まっていた。

みんな一言も発することもなく、ただ下を向いてうつむいていた。

その時、笠原先生が入ってきた。柳本先生も後ろにいる。

「みんな、柳本先生から話がある。よく聞くように」

笠原先生から紹介されると、柳本先生が前に出た。

「…みんな知ってると思うけど、俺は解雇された。それは確かだ」

柳本先生は絞り出すように言った。

「部員の一人を蹴ったのは、本当ですか?」

棚橋が聞いた。

「…あぁ、本当だ」

柳本先生は小さくそう言った。

「…指導者として申し訳ないことをしたと思ってる。何より、こんなことでチームを抜けることが何より情けなくて悔しい」

部室になんともいえない静寂が訪れる。突然の事態に部員達は驚きと戸惑いが入り混じった顔をしていた。

「…本当に申し訳ない。許してくれ」

柳本先生は部員達に何度も何度も頭を下げ続けた。

「柳本先生、もういいですよ」

笠原先生が促す。

「という訳で、柳本先生は本日をもってこの野球部から去ることになった。突然のことでみんな驚いたと思うが、みんな最後にあいさつしような」

笠原先生がそう言うと、部員達は柳本先生に

「ありがとうございました!」

と頭を下げた。

柳本先生は涙をこらえたような顔で、ゆっくりと頭を下げた。

「…行きましょうか」

笠原先生に促され、柳本先生はゆっくりと部室をあとにした。






それから野球部にはよくない噂が流されるようになった。

「野球部は不良の集まりだ」とか、「野球部に関わると不幸になる」という根も葉もない噂がひっきりなしに流された。

古舘もクラスメートに目をつけられるようになり、肩身が狭い思いをしていた。

校長をはじめとした職員も野球部には腫れ物に触るような扱いをし、廃部を願うものも少なくなかった。








ある日、古舘が部室に行くと部室が荒らされていた。

バットは折れ、グローブはズタズタに引き裂かれていた。

「…誰がこんなことを…」

その時、物音がした。

古舘は物音がする方にダッシュした。

すると、男子生徒二人が、校舎に逃げていくところだった。

古舘は追いかけ、そのうちの一人を捕まえた。

「…部室を荒らしたのは、お前らか」

古舘がそう言うと、男子生徒は、

「…あぁ、そうだよ」

と認めた。

「なんで、荒らしたんだ?」

「なんでって、あんな誰からも期待されていないような部活なんて、いてもいなくても同じだろ」

「…なんだと?」

「だってそうだろ。今じゃこの学校のほとんどのヤツらが、野球部が廃部になってほしいって思ってるぜ。顧問が暴力事件を起こした部は、何をしでかすかわからない、ってな」

「怖い怖い」

もう一人の男子生徒が震えるマネをして笑った。

「…お前らみたいな…」

「あ?なんだよ?」

「お前らみたいなヤツに何かわかるんだよ!」

古舘は男子生徒に食ってかかった。しかし、男子生徒はかわして、古舘の腹を一発殴った。

「…ガハッ…」

古舘はその場にうずくまった。

「ほらな、野球部の連中はすぐに暴力を振るう。怖い怖い」

「怖い怖い」

男子生徒たちは笑いながら、去っていった。

古舘はしばらくその場にうずくまっていた。しばらくすると、古舘の目に涙が滲んできた。

なぜだ。なぜなんだ。

野球部というだけでなぜこんなにも辛い目に合わなくてはいけないんだ。

悔しくて悔しくて、涙が止まらなかった。

「…古舘くん、どうしたんだ?」

棚橋が古舘を見て驚いた声を出した。

「…部室が荒らされました」

古舘が涙声で言った。

「荒らされた?」

「犯人を問い詰めたら、野球部は誰からも期待されていないって…」

古舘はそこまで言うと、また泣き始めた。

「…」

棚橋はしばらく考えていたが、やがて、

「見返してやればいい」

と言った。

古舘は顔をあげた。

「見返す?」

「そう。全国大会で優勝して学校のヤツらを見返してやればいいんだ。そうすればヤツらも認めてくれるよ」

「でも、簡単なことじゃない…」

棚橋が古舘に近寄る。

「できるよ。古舘くんならきっと」

棚橋はハッキリ言った。

「俺たちは悪いことをしているわけじゃないんだ。悪いのはむこうの方だ。俺たちはちゃんとしていればいいんだ」

棚橋はまっすぐ古舘の目を見て言った。

「…そうですね」

古舘の顔が笑顔になった。

古舘は立ち上がり、空を見上げた。

古舘の決意をあらわすかのような、晴れ晴れとした青空だった。







「柳本先生…!」

古舘は帽子を目深に被った中年男性を見つけるとハッとした。

「…来てくれたんですね」

古舘はつぶやいた。

柳本先生はジッとグラウンドに目を向けた。

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