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「よし、じゃあ行くぞ!」
柳本先生は、古舘に向かってボールを打った。
ボールはすごい速さで古舘に向かっていく。
「うわっ!」
古舘は思わずのけぞってしまった。
「おい、今のは取れる球だよ!これでも2割の力でしか打ってないんだから」
2割だって?
今のが2割なら、本気を出したらどんな球なのか。
古舘は想像しただけで身震いした。
「いや、練習初日でこれはちょっと…」
「言ったでしょ?これは実力をはかるためにやるって」
「いや、入りたての部員が取れるボールじゃないでしょ!」
「取れないんだったら、体で止めてよ」
「それは、もっとムリです!」
古舘は手を大きく横に振った。
「なんだ、ボールが怖くて野球はできないよ。ほら、いくよ」
柳本先生はまたノックをし始めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいよ」
古舘は慌てふためいた。
それから1時間。
古舘は一向にボールを取れる気がしない。
古舘は肩で息をしている。
「こんなに取れないなんて…。棚橋でも30分でキャッチできたのに」
「だらしないなぁ〜、古舘君は」
柳本先生と棚橋は古舘なんてお構いなしに喋っている。
「…だって、いきなりノックなんて…、取れるわけ…」
「しょうがないな、じゃああと1球で終わりにしてあげるよ」
柳本先生はそう言うと、ボールを打った。
「ちょっと、待って下さい…」
「もうちょっと右!」
棚橋が指示を出す。
「あ、はい…」
古舘が右に行くと、ボールが飛んできた。
ボールはそのまま、古舘のグローブに吸い込まれた。
「取れた…」
古舘は自分のグローブに入ったグローブを見つめた。
古舘は柳本先生の方を見る。
「古舘くん、野球って楽しいだろ?」
柳本先生はニヤッと笑った。
古舘はグローブをあげて、
「ハイ!」
と笑った。
それから練習試合があり、古舘達1年生はもベンチに座ることになった。
試合は荒谷高校のペースで進んだ。
―――すごいな。俺はここで野球ができるんだ。
「おい!泉ィ!ベースカバーちゃんとつけ!」
突然柳本先生の怒号が飛んできて、古舘はびっくりして柳本先生の方を見た。
「柳本先生って練習の時と試合の時と違うよな」
「あぁ、別人みたいだよな」
古舘の隣の部員が話し始めた。
「なんかこの前はエラーした先輩を2時間説教したらしいぞ」
「ええ〜、マジか…。信じられんわ…」
そうなのか。古舘は信じられないと言った様子で柳本先生に目をやる。
次の週の月曜日、朝練のため古舘が部室に入ると、部員たちは浮かない表情をしている。
「あの、どうしたんですか?」
古舘が聞くと、棚橋はいつになく暗いトーンで、
「…古舘くんはまだ知らないのか…」
と言うと、古舘の方に向かって信じられない言葉を言った。
「柳本先生が、野球部の顧問を解雇されたんだ」




