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2年前。
荒谷高校に入学した古舘裕一は、野球部のドアの前に立っていた。
古舘は野球を小学校の頃から始めて、中学生まで野球漬けの毎日を送っていた。
もちろんこの荒谷高校でも、野球部に入ると決めていた。
荒谷高校とはいえば、野球の強豪校として知られていた。
古舘はなんとか荒谷高校に入ろうと苦手な勉強を頑張り、なんとかかんとか荒谷高校に合格したのだった。
ついに、ここで野球ができる。
古舘は目を輝かせ、胸を高鳴らせた。
大きく深呼吸をする。
なんの変哲もないドアなのに、ベルリンの壁のようなスゴく威圧感のある雰囲気を感じた。
「お、おはようございます」
古舘は意を決して、部室のドアを開けた。
「ふ、古舘裕一です。や、野球部に入りたいんですけど…」
かすかに震える声で古舘は自己紹介をした。
古舘の目は、ユニフォーム姿の先輩達が古舘を見つめていた。
これが、荒谷高校の野球部か。
古舘はその雰囲気に飲まれ、今にも逃げ出しそうになった。
すると、一番背の高い部員が古舘に近づいてきた。
「新入生か!ぜひ入ってくれよ!」
背の高い部員は、笑って古舘の肩を叩いた。
ちょっとなれなれしいな。
古舘は苦笑いをした。
「俺はキャプテンの棚橋。よろしくな!」
棚橋はそう言って、白い歯を見せた。
確実に俺の苦手なタイプだ。
古舘は苦笑いしつつ、そう思った。
「他の部員も紹介してやるよ」
棚橋は頼まれもしないのに、部員の紹介をし始めた。まるで、口から言葉が生まれているかのごとくよく喋る。
「これから一緒に戦っていく仲間だからな!頑張っていこうな!」
強豪校はこんな人がたくさんいるんだろうか。
古舘はたじろいた。
「あの、僕は今から何をすれば…」
「練習!今日から古舘くんはうちの部員だからな!」
「おい棚橋、まず、部活のことを説明した方がいいんじゃねぇか」
棚橋の隣の部員が助け舟を出す。確か、浦田という名前だ。
「浦田、そんなことは実際に練習して覚えていけばいいんだよ。その方が早く身に付くだろ?」
古舘は主張を曲げない。
「さ、古舘くん、さっそく練習だ!」
棚橋はそう言うと、グラウンドに飛び出していってしまった。
「ゴメンね、ウチのキャプテンはゴリゴリの体育会系なんだよ」
浦田が申し訳なさそうに古舘に言う。
「悪い人じゃないんだけどね」
安藤という部員が同調する。
荒谷高校はスゴイな。別の意味で。
古舘は渡されたユニフォームに着替えて、グラウンドに向かった。
「古舘くん、待ってたよ〜!」
古舘がグラウンドに入ると、棚橋が手を振って待っていた。
横に監督らしき人が立っている。
「この人は、監督の柳本先生。高校野球ではスゴく有名な監督なんだよ」
「棚橋、そんなに褒めるんじゃない」
柳本先生が棚橋をたしなめる。
「ちょっと有名なだけだ」
「謙遜してないですよ、それ」
棚橋と柳本先生が一斉に笑い合う。
「じゃあ、さっそくノックを受けてもらうよ」
棚橋は古舘にそう告げた。
「え…?いきなりノックですか?」
「野球の実力をはかるには、ノックが一番いいって言われてるだろ?」
「初耳なんですけど…」
「古舘くん、さっそくやってみるよ」
「あ、ちょっと…」
「古舘くん、新入りだからって手加減しないよ」
柳本先生が素振りをしながら言った。
やる気満々かよ。
古舘はしぶしぶ位置についた。
俺、やっていけるかな。
古舘は段々不安になっていった。




