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「古舘さんがキャッチャー...?」
大西は交代を宣言したキャプテンの顔を見た。
「言っただろ?交代じゃないって」
古舘は余裕たっぷりの顔をしている。
「おい平田、お前サードにいけ」
古舘はキャッチャーの平田に指示を出し、平田はサードに向かった。
「よし、投球練習しようぜ」
古舘はポジションにつき、ミットを構えた。
大西は古舘のミットめがけて投げ始めた。
「荒谷高校の守備の交代をお知らせします。キャッチャーの平田くんに代わりまして、古舘くん、平田くんがサードに入ります」
「なんだ?交代するのか?」
井川がベンチに腰掛けて言った。
「古舘はあの嫌みなヤツだろ?キャッチャーなんてできるのか?」
「もしかして前のヤツより下手だったりしてな」
臼田と小宮がせせら笑っている。
「プレイ!」
投球練習が終わり、試合が再開された。
「よし、藤田!飛ばせ!」
4番の藤田が打席に立つ。
「ねぇ、君さ4番なんでしょ?」
突然古舘が藤田に話しかけてきた。
「な、なんだよ突然」
藤田はびっくりしたように答えた。
「その割には全然打ててないじゃん。4番のくせにバットに当たってないよ」
「な、お前...」
「ストライク!」
藤田が気をとられているうちに大西は第1球を投げていた。
「どうしたの?あんまり打ててないからど真ん中に投げさせたのに、見てなかったら意味ないじゃん」
古舘はまた嫌みを重ねた。
「なんか藤田、よそ見してなかったか?」
「それに、なんかイライラしてない?」
臼田と小宮が藤田の方を見て言う。
「あ、やべ...」
藤田は我にかえり、バットを握り直した。
「君さ、もしかしてこのまま勝てると思ってるでしょ。でも、そんな余裕こいてるとあっという間に負けるよ」
古舘がまた嫌みを言う。
「何言ってるかわからんけど、俺は負けるつもりはねぇよ」
藤田はそう言うと、ボールをジャストミートした。
「平田!間に合うぞ!」
古舘の指示が飛ぶなか、平田はボールをでしょうか受け止め、ファーストに投げた。
「アウト!」
「あ~、ダメかよ~!」
臼田と小宮が頭を抱えた。
「あのキャッチャーうるせぇよ!誰か注意しろよ!」
藤田はかなりイラついている様子だ。
「次は立脇か...」
「打てないかもな...」
井川と北野が身もふたもないことを言う。
立脇が打席に立つ。
「やぁ、ヘボキャッチャーじゃないか」
古舘は立脇に対しても嫌みを言う。
すごい精神力だな。
明はベンチから見て思った。
「守備はなんとかなったけど、バッティングはそうはいかないよ。君に大西の球は打てないよ」
しばらく沈黙があって、
「...うるせぇ」
と立脇が言った。
「俺は大村先輩のためにもなんとか勝ちたいんだ!絶対打ってみせる!お前こそ俺に打たれないような配球を考えとくんだな!」
と立脇が言ったあと、古舘は少しして笑い、
「俺もお前より2年も先輩だぜ」
と言ってミットを構えた。
第1球。立脇のバットは空を切った。
「大振りしてちゃ当たんないよ」
古舘はボールをマウンドに返した。
第2球。立脇のバットはまた空を切った。
「なんだよ、全然ダメじゃん」
古舘は少し笑いながら返球した。
「うるせぇ。お前の腐った態度ごと吹き飛ばしてやるから、集中しろ」
立脇はバットを握り直した。
「...そうか」
古舘はそう言うと、ミットを外角よりに構えた。
え...。古舘さん、そのコースは...。
大西は一瞬躊躇した。
「大西、早く投げろ!」
古舘の言葉に大西はためらいながらも、構えたコースに投げた。
「これはボールだな」
北野が言った。
「でも、ずいぶん外を攻めたな」
小宮が頬杖をついた。
「立脇!よけろ!」
突然大村が立ち上がり、叫んだ。
「大村?いきなりどうしたんだよ?」
井川がびっくりした顔で大村を見る。
立脇は大村に叫び声にびっくりしてボールを見たが、ボールは立脇の目の前にせまっていた。
ボールは鈍い音を出して、立脇のこめかみ付近に当たった。
立脇はそのままグラウンドに倒れた。




