(55)
「明!よくやった!」
「でかした!」
明北ベンチからは一塁の明に対して、激励の言葉がかけられている。
明はその声援に応えるように左手をあげた。
「すいません...。ランナー出しちゃいました...」
大西はマウンドに集まった古館に頭を下げた。
「大西、何謝ってんだよ。こっちが6点リードしてるんだよ。ランナー1人ぐらいどうってことないよ」
古館は淡々としている。
「それにさ、バントしてきたってことは相手も後がなくなってきてるんだよ。だから、ここを踏んばれば大丈夫だよ」
「は、はい!」
「何それ?俺が珍しく嫌味を言わないから変だなとか思ってんでしょ?」
「い、いや、そんなことありません!」
「まぁ、いいけどさ。ゲッツー狙っていこうぜ」
古館はそう言うと、ポジションに戻っていった。
「よっしゃ!井川いけ!」
「逆転のチャンスだぞ!」
明北ナインは1番の井川に向けて声をかけた。
「明が出たのはたまたまだろうが...。それにナックルがきたら打てるわけないよ...」
井川はブツブツ言いながら打席に立った。
「独り言聞こえてるな」
「聞こえるように言ってるね」
臼田と小宮がニヤニヤしながら言った。
大西は第1球を投げた。
内角高めのストレート。
「ストライク!」
あれ、それほど速くないぞ。
い井川はギュッとバットを握りしめた。
第2球目。
井川はバットを振った。
バットはいい音を出し、ボールはセンター前に落ちた。
「よくやった、井川!」
井川は声援に向かって手をあげた。
2番の北野が打席に立つ。
くそ...。ここで抑えないと...。
大西は投球モーションをとった。
抑えるには...、ナックルしかない。
第1球を投げた。
「え?変化しないの?」
北野が驚くほど、球は真っ直ぐだった。
変化...しない...。
北野はボールをレフト前に引っ張った。
一死満塁。
「大西さぁ、ゲッツーするんじゃないの?逆に打たれちゃってんじゃん」
古舘が不満気に言う。
「つ、次こそは抑えますから」
大西はそう答えるのが精一杯だった。
3番の楢崎が打席に立つ。
「大村...。絶対勝つからな」
楢崎がつぶやいた。
大西は第1球を投げた。
内角低めのストレート。
「ストライク!」
速いな。
楢崎はバットを握りしめる。
俺は絶対抑える。
俺は荒谷高校のエースなんだ。
大西は第2球を投げる。
外角高めのストレート。
楢崎は足を踏み込み、スイングした。
バットは快音を響かせ、ボールを宙に放り出した。
「ライト!」
大西はライトに向かって声をかける。
が、そのライトのはるか後方のスタンドにボールは落ちていった。
「ホ、ホームランだ...」
臼田が口を大きく開けて驚いた。
「やった!これで10-8だ!」
明北ベンチから歓声が沸き上がる。
大西はマウンドでうなだれた。
「まさか...、俺が...」
なかなか顔があげられない。
「タイム!」
その声がすると同時に古舘がマウンドに来た。
「古舘さん...」
大西はやっと顔をあげた。
「大丈夫、交代とかじゃないから」
古舘は大西の肩を叩いた。
「え?」
大西がきょとんとしていると、
「交代するのは、俺だよ」
と古舘が言った。
「俺がキャッチャーをやる」
古舘は大西に告げた。




