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「交代...だと?」
楢崎は立脇を見つめた。
「はい...。僕はこのままだとどんどんミスを重ねてチームの足を引っ張ってしまうかもしれません。たたでさえ点差が開いているのに、これ以上失点してしまったら迷惑がかかります」
立脇はうつむきながら言った。
「んじゃ、誰が捕るんだ?」
楢崎の問いに、
「楢崎先輩です」
と立脇は答えた。
「は?」
楢崎は目を丸くした。
「楢崎先輩にキャッチャーをやってもらって、川崎に投げてもらうんです。」
立脇はうつむいたまま淡々としゃべった。
楢崎はしばらく考えた後、
「...ヤダね」
と答えた。
「え...。」
立脇が驚いて顔をあげる。
「お前、ふざけんなよ。イヤだったらすぐにやめんのか?お前、野球やる気あんのか?」
普段の楢崎ではめったに見られない口調でまくし立てる。
「今、大村がケガして俺たちは大変なんだぞ。お前がいなきゃこの試合に勝てないんだぞ」
楢崎はなおも続ける。
「ぼ、僕が...」
楢崎は立脇の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。何かあったら俺たちがいる。お前は俺を信じておもいっきりプレーしろ」
楢崎の言葉に立脇の目の色が変わった。
「はい!」
立脇は帽子を脱いで楢崎に一礼すると、ポジションに戻っていった。
「やれやれ、長い休憩時間だったねぇ」
戻ってきた立脇に古舘が嫌味を言った。
「それにしてもあのピッチャー、すごいイライラしてたねぇ。カルシウム足りてないんじゃない?1日1本牛乳飲んだ方がいいよ」
すると立脇は、
「今は健康より、自分が打てるか気にした方がいいんじゃないの?」
と嫌味で返した。
「ほう。どうやらカルシウムが足りてないのは、あのピッチャーだけじゃないようだね」
古舘はニヤリとして、構えた。
「プレイ!」
試合が再開された。
「立脇!行くぞ!」
楢崎が声をかける。
「古臭いねぇ」
古舘が短く嫌味を吐く。
「恭ちゃん、頼むぞ!」
明も立脇を応援する。
やってやる。
立脇はミットを構えた。
楢崎は第1球を投げた。
「ストライク!」
立脇のミットにボールが入った。
「なぁ、球速くなってねぇか?」
井川が言った。
「そ、そういや確かに...」
小宮も目を丸くしている。
第2球。古舘がスイングする。
「ストライク!」
が、バットは空を切った。
ここに来て速くなっている?
古舘は構えを修正した。
第3球。楢崎は振りかぶって投げた。
内角低め。打てない球じゃない。
古舘はスイングした。
が、ボールはバットにかすりもしなかった。
立脇のミットにすっぽりおさまった。
「ストライク!バッターアウト!」
審判のかけ声と同時に、
「立脇、よくやったな!」
「かっこよかったぞ!」
「でかしたぞ!」
という声がグラウンドから飛び交った。
立脇は周りを見渡しながら、ニッコリと笑った。
「立脇、速くボールを渡してくれ」
楢崎の言葉に、
「あ、はい」
と立脇はボールを楢崎に投げた。
なるほど。
古舘はその様子をじっくり見ていた。
今回は花を持たせたけど、次はそうはいかないよ。
古舘はゆっくりベンチに腰かけた。




