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「はあ?なんで俺がキャッチャーをやらなきゃいけないんだよ?」
レガースやプロテクターを付けられながら、立脇は不満を漏らした。
4回裏の荒谷高校の攻撃。
大村が手に怪我をして、ボールを受けられない状態になってしまった。
しかし、レギュラーには他にボールを受けられる選手はいない。
そこで、キャッチャー志望の立脇に白羽の矢が立ったというわけだ。
「監督たってのご指名だそ~」
「君の運動神経が高く評価されたんだよ~」
井川と小宮はニヤニヤしながら、立脇にプロテクターを取り付けている。
「立脇、ゴメンな。大村が怪我しちゃったからなぁ。他にボールを受けられるヤツはいないし、キャッチャーの練習していたお前しかいないと思ってな」
森先生が申し訳なさそうに立脇に言った。
「恭ちゃん、頑張れよ。今、ボールを取れるのはお前しかいないんだから」
明も励ます。
「とにかく、なんとか切り抜けるんだ。わかったな。」
森先生は立脇にそう言うと、ベンチに戻っていった。
「あ、いや…」
立脇がうろたえていると、
「立脇ィ!早くしろ!」
と臼田が呼びかけた。
「ハ、ハイ!」
立脇はあわててグラウンドに向かった。
「プレイ!」
審判が手を挙げ、荒谷高校の8番の田中がバットを構えた。
恭ちゃん、頼むぞ。
明は立脇の方を見て祈った。
楢崎がゆっくりとしたモーションで第1球をなげた。
ボールは内角に勢いをつけて伸びていく。
なんだコレ?ベンチで見てた球と違うぞ?
立脇はそう思った瞬間に、
「うああああっ!」
と悲鳴をあげてボールをよけた。
ボールはフェンスに当たった。
「おい、立脇!お前、ちゃんとボール捕れよ!」
楢崎が立脇を注意した。
「は、はははははははは速いんですよ!もっとセーブして投げてくださいよ!」
立脇はまだドキドキしているのか、脂汗が出ている。
「セーブしたら打たれんだろうが!」
「セーブしないと捕れないんですよ!」
楢崎と立脇がモメ始めた。
おいおい…。
明もすっかり呆れ返ってしまった。
「ちくしょう!」
楢崎はそう言い残してマウンドに戻っていった。
立脇も仕方なくポジションに戻る。
くそ。なんとかしてストライクを取らないと。
楢崎は立脇を見る。立脇は外角にミットを構えている。
楢崎はまたゆっくりとしたモーションで第3球を投げた。
まさに立脇が構えたコースそのものだ。
これなら捕れるだろ。
楢崎が確信したその瞬間、ボールは立脇のミットな当たり、後ろにそれてしまった。
「振り逃げだ!走れ!」
田中は一塁に向かって走る。立脇はボールを拾いにいく。
田中は楽々セーフになった。
「おい、立脇!体で止めろ!」
楢崎は立脇に向かって注意した。
「セーブしろって言ったじゃないスかぁ!」
立脇が不満そうな顔をした。
「やっぱ恭ちゃんには荷が重かったなぁ…」
「そうね…」
スタンドで長瀬と美穂が呟いた。
「タイム!タイム!」
森先生がグラウンドに駆け寄る。
「立脇、ボールを取ることをあまり意識するな。お前はボールを取ることを意識するあまりガッチガチになってるんだ。落ち着いてボールを見ていけ!」
森先生は立脇にそう言った。
立脇はうなずいた。森先生はゆっくりベンチに戻っていった。
「プレイ!」
試合が再開された。
バッターは大西。
楢崎が第1球を投げるのと同時に、田中がスタートを切った。
盗塁だ!
立脇はボールをキャッチしてセカンドにボールを投げようとした。
しかしもたついてしまい、ボールを投げた時にはすでにセーフになっていた。
「おいおい、ボールの1つも投げられないのかよ」
古舘がベンチでせせら笑っている。
クソ…。
楢崎は第2球を投げる。
それを大西が叩く。センター前ヒットになった。
どうしよう。
俺のせいでどんどん点差が開いていく。
このままじゃ確実に負ける。
「立脇!また走ったぞ!」
北野の声で立脇はハッと気づく。
「ストライク!」
ボールをセカンドに投げようとするが、スムーズに投げられない。
すると、ボールはあらぬ方向にいってしまった。
「おい!どこに投げてるんだよ!」
臼田が急いでボールを追う。
やっぱりダメか…。
その後も3人続けてヒットを許し、ついに10-4になった。
負ける…。立脇には脂汗がダラダラ流れていた。
「ヘタだねぇ…。こんなヘタクソ見たことないよ…」
次のバッターの古舘がニヤニヤしながら打席に立った。
「所詮君の実力なんてそんなもんさ。俺たちに勝つなんて夢のまた夢なんだよ」
古舘がそう言うのと同時に、
「タイムお願いします」
と立脇は言い、マウンドに向かった。
「おい、立脇どうしたんだよ?」
楢崎が尋ねると、
「先輩、僕を交代させて下さい」
と立脇は言った。
「え?」
楢崎は立脇の顔を見つめた。




