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「楢崎、まだこっちがリードしてるんだ。気楽に行こうぜ!」
沢田が楢崎を励ます。
「…あぁ」
楢崎が返事をした。
あの田村という大男からツーランホームランを打たれ、気が気でなくなった明北ナインは作戦会議を開いているのだった。
「あいつら何の相談してるんすかね」
次のバッターの坂本がマウンドを見て、古館に話しかける。
「さぁね、その場しのぎの策でも練ってんじゃないの?」
古舘は淡々と言った。
「このままじゃまず負ける。落ち着いてストライクを取っていけ」
藤田が楢崎に話しかける。
「わかった」
と楢崎はうなずき、野手はポジションに戻っていった。
坂本が打席に立つ。
「プレイ!」
楢崎は第1球を投げた。
内角に食い込む速球。
「ストライク!」
よかった。なんとかなりそうだ。
明はホッと胸を撫で下ろした。
やっぱり速いな。
坂本はバットを持ち直す。
楢崎は第2球を投げた。
「おっしゃぁ!ゴルァ!」
坂本が気合いを入れた。
明北ナインがびっくりしていると、ボールがレフト方向に飛んできた。
「あ、あ、ヤ、ヤベェ」
小宮があわてて向かうが、ボールは手前にストンと落ちた。
「よっしゃぁ!ダーコラァ!」
坂本は雄叫びをあげて、二塁で止まった。
「あんなのアリかよ~」
小宮がうなだれている。
「すげぇ声出してたな。応援団でもやってたのかな?」
井川が言った。
まずい…。まだノーアウトだぞ…。
楢崎に焦りが見え始めた。
7番の川本が打席に立つ。あぁ、やっぱり強豪なんだな。
悔しいけど、うちより強いもんな…。
楢崎の球を川本がセンター前に引っ張った。
「おい、まだ1つもアウト取ってないぞ!」
森先生が焦り出した。
8番の田中が打席に立つ。
あぁ…。せっかく復帰したのにな…。
楢崎は第1球を投げた。
しかし、その球は明らかに気の抜けた球だった。
「なんだこの球は!ナメてんのか!」
田中がヒッティングした。
打球はレフト方向に飛んでいく。
またか…。
楢崎がまたうなだれる。
すると、明が横に飛んで打球をキャッチした。
明はその場に倒れ込んだ。
「ア、アウト!」
審判が腕を突き上げた。
「大丈夫か、明!」
楢崎をはじめ、野手が明の元に集まる。
明は立ち上がると、
「楢崎さん、まだ負けた訳じゃないです。楢崎さんだったら必ず抑えられます。だから頑張ってください」
と楢崎に言った。
楢崎はハッとした。
俺は自分で勝手に諦めていたんだ。
そうだ、まだ負けた訳じゃない。
楢崎がマウンドに立つ。
俺は負けない。
内角低めのストレートがミットにおさまる。
「ストライク!」
楢崎は完全に球威を取り戻していた。
俺は明北のエースだ!
「ストライク!バッターアウト!チェンジ!」
なんとかしのいだ。
「楢崎!ナイスピッチング!」
「まだ2点しか取られてねぇぞ!」
野手達が次々に楢崎に声をかける。
「明」
そんな中、楢崎は明に話しかけた。
「なんすか?」
「あの時の明のプレーで俺は自身を取り戻せたんだ。ありがとう」
楢崎は明に頭を下げた。
明はキョトンとした顔つきで見ていたが、やがて笑顔を見せ、
「この試合、絶対勝ちましょうね」
と言った。
「おう!」
楢崎も力強く返事をした。
「なんだ、また2点しか取れていないの?」
古館がかったるそうな感じで言った。
「体感じゃ4点ぐらいとれてる感じなんスけどねぇ」
田中が言った。
「まぁ、まだ2回だから逆転できますよ」
坂本がまたのんきそうに言う。
「まぁ、俺もタダで終わらせる気はないけどね」
古館は真顔で言うと、サードに向かった。




