(49)
「今、落ちたよな…？」
藤田が目を丸くする。
「なんだ、あれフォークか？」
沢田も唖然としている。
「いや、フォークにしては遅くない？」
小宮が言った。
明はあっという間に三振した。
明がベンチに帰ってくると、
「ねぇ明、近くで見てどうだった？」
と沢田が質問した。
「え？なにがですか？」
「いや、お前間近で見ただろ。あの落ちるヤツ」
「質問すんの下手か！」
小宮が沢田につっこむ。
「もしかしたら、芹沢が見たのはナックルボールかもな」
森先生が口を開いた。
「ナックルボール？なんすか？」
井川が森先生に聞いた。
「ナックルボールっていうのは、「現代の魔球」と呼ばれていて、投げられたボールは無回転で揺れるように不規則に変化しながら急に落ちるから、投げた本人にも軌道がわからないんだ」
「わからない？そのピッチャーがバカなだけじゃないんですか？」
沢田が言うと、
「全然違うよ」
と小宮がつっこんだ。
「…コホン。その変化は「氷の上をつるつる滑るような変化」とか「木の葉がひらひらと落ちるような変化」と言われているんだ」
森先生が説明すると、
「森先生って野球にスゴく詳しいですね」
と沢田が言った。
「監督だよ！詳しくて当たり前だよ！」
今度は森先生がつっこんだ。
「現代の魔球」か…。
明はベンチに座りながらうなだれた。
「なんだあの球！まったく打てないぞ！」
井川も三振して、ベンチに帰ってきた。
２回裏、荒谷高校の攻撃。
「４番、サード古館君」
アナウンスが古館を紹介した。
ゲ、アイツからかよ。
明はゾッとした。
「プレイ！」
審判のコールとともに、楢崎が第一球を投げる。
内角に食い込む鋭い球。
「ストライク！」
古館は顔をあげると、
「へぇ、意外と速いね」
と呟いた。
続く第２球も内角低め。
それを古館がとらえた。
「ファール！」
打球はわずかに右にそれた。
「君、ドラフト指名されるかもね」
古館が楢崎に話しかける。
「そりゃどうも」
楢崎が会釈して答える。
「あんたを倒して思い残すことなくプロに行くよ」
楢崎の言葉に、
「く…」
と古館がたじろいた。
すげぇ。あの古館が嫌みで返されてる。
明は楢崎の強心臓に驚いた。
楢崎は第３球を投げた。
「くそ！」
古館はバットを振った。
バットは快音を響かせ、レフト前にボールが落ちた。
なんて悪運の強いヤツだ。
明は楢崎に目を向ける。楢崎はうつむいて帽子を握りしめている。
そんなに悔しいのか。
明はポジションに戻った。
５番の田村が打席に立つ。
「うわ…。デカイ…」
明が思わずそう口に出すほど、田村の体はでかかった。
大村は内角にミットを構えた。
なるほど。そこまで体がデカイと体が回らないか。
楢崎はうなずき、内角に第１球を投げた。
これなら打てないだろ！
楢崎が確信した時、田村がボールを打った。
打球はグングン伸びていき、ライトスタンドに突き刺さった。
ツーランホームラン。
楢崎は目を見開いている。
え？これマジで負けちゃうよ。
明の身体中から冷や汗が吹き出した。
