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「全治…1ヶ月…?」
速水は病院の診察室で叫んだ。
小塚達に利き腕をドアに挟まれ、骨や筋肉をめちゃくちゃにされた。
速水の右腕に例えようのない痛みが襲った。
速水はその場にうずくまり、動けなくなっていたところを他の部員に発見され、病院に運ばれたのだ。
「そんな!大会はもう2週間後なんですよ!」
速水は医者に詰め寄る。
「謙一郎、やめなさい!」
速水の母が必死に止める。
「先生、なんとかできないんですか!初めてレギュラーに選ばれたんですよ!」
なおも速水は先生に詰め寄る。
「わ、わかったわかった、これから話すから」
と先生は速水を椅子に座らせた。
「骨がかなり折れています。よほどの力をかけないかぎり、こんなには折れません」
「じゃ、大会は…」
「あきらめてもらうしかないでしょうな」
速水は頭の中が真っ白になった。
それから2年あまり。
速水は金橋高校に進学した。
入学式を済ませ、教室に入る。
生徒たちは真新しい制服に身を包み、前の学校の友達や新しくできた友達と話をしていた。
放課後、学校のあちこちでは新入生を対象にした部活動勧誘が行われていた。
速水は一つ一つに目を通す。
サッカー部、バレー部、テニス部、バドミントン部、吹奏楽部、茶道部…。
その中に「野球部」の文字があった。
野球部…か…。
速水はしばらく見とれていた。
「おい、ちょっと通してくれ」
声がした。速水はバッと振り返った。
そこにいたのは、速水より一回り大きい体格のいい生徒だった。
速水がよけると、その生徒は野球部のポスターに目を通した。
すると、生徒は速水に、
「お前、野球部に入りたいのか?」
と尋ねた。
なんだよ、なれなれしいやっちゃな。
そう思ったが、グッとこらえて、
「前にやってたんやけど、ケガして大会に出られなくなったんや」
と大男に打ち明けた。
「はぁ。じゃあやり直せばいいじゃないか」
その大男は速水の意見を軽く受け止めた。
「おい!学校の工作みたいに言うなや!」
速水は大男にツッコミを入れる。
「お前はまだ野球やりたいんだろ?」
大男は速水のツッコミも軽く流し、問いかける。
「そ、そうや…」
速水はしゅんとした。
「中学の時でな…。初めてレギュラーに選ばれたんや。それに嫉妬した先輩に…、ドアで挟まれて…。それがパアになってしまったんや」
速水の話を聞いていた大男は、
「だったら、俺と一緒に全国を目指さないか?」
と速水に言った。
「お前、野球できんのか?」
速水は目を丸くする。
「おい、俺はリトルリーグで4番打ってたんだぞ」
大男は笑いながら言った。
「リトルリーグで…」
速水の目はまだ丸い。
「俺は田口修だ。お前は?」
田口という大男は、速水に名前を尋ねた。
「速水…速水謙一郎」
速水は戸惑いながら答えた。目はまだ丸い。
「速水、俺と全国を目指そうぜ」
田口は握手を求めてきた。
速水は直感的に「コイツと一緒なら、全国にいけるんじゃないか」と思った。
中学時代に味わったトラウマを乗り越えられる。そんな気がしたのだ。
「田口、よろしく頼むで」
速水は田口の手を握りしめた。
そうや。俺たちは全国に行かなきゃならないんや。
速水はベンチに座ったまま、意気込んだ。
6回表。残りはあと3回だ。




