(38)
紅白戦は終了した。
結果は赤チームの勝利。
小塚はあの後完全に崩れ、4失点で5回でマウンドを降りた。
対する速水は次々と三振を奪い、打ってもホームラン1本、ヒット2本の大活躍だった。
誰の目から見ても、どっちが先発に選ばれるのは明らかだった。
「みんな、お疲れ様。この結果を踏まえて、金曜日に大会のメンバーを発表する」
監督がそう言うと、選手はハイ、と一斉に返事をした。
「気に入らねぇな」
部活の帰り道、小塚は苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「何が気に入らねぇんですか?」
松田が尋ねた。
「速水に決まってんだろ。アイツたまたま調子が良かっただけなくせに、俺に元気出して下さいって言うんだよ」
「うわ、上から目線」
榎本が肩を震わせる仕草をした。
「あいつ、前々から気に入らねぇんだよ。才能があるぐれぇでエースを気取ってよぉ。金橋中学のエースは俺なはずなのに」
小塚はまた顔をしかめる。顔のシワがまた深くなっていく。
そうなのだ。先発に選ばれたのは小塚ではなく、後輩の速水だったのだ。
とはいえ、紅白戦の結果を見れば明らかなのだが。
「実績でいったら俺の方が遥かに上だ。ストレートのキレだって、スタミナだって、パワーだって上だ。今日の紅白戦はたまたま調子が悪かっただけなんだよ」
小塚はまだ納得がいかない様子でまくし立てる。
「でも、どうするんスか?もう決まっちゃいましたし…」
松田が尋ねる。
「いや、俺にいい考えがある」
小塚がニヤッと笑う。
「うわ、小塚さんがこの世のものとは思えない悪人顔をしてる!」
榎本が叫ぶと、
「うるせぇ!そこまでヒドイ顔じゃねぇ!」
と小塚がツッコんだ。
次の日の練習終了後、速水は小塚たちに呼ばれた。
速水が指定された部室の倉庫に行くと、小塚たちは腕組みしながら待ち構えていた。
まるで巌流島で宮本武蔵を待つ佐々木小次郎のように。
「おい、遅いぞ速水!」
小塚が叫ぶ。
「あぁ、すいません」
速水は謝りながら、小塚たちの所に走った。
速水が息を切らして小塚たちの所についた時、小塚は言った。
「お前さ、今月の部の目標知ってるよな?『時間厳守』って」
「すいません」
速水はさっきから謝ってばかりだ。
「遅れるなら遅れるで事前に連絡しとけよ。そうしたら―――」
「あの、熱心な注意の途中ですけど、そろそろ本題を…」
小塚の説教を松田が止める。
「あ、そうだった」
小塚は気付き、咳払いをする。
「速水、今度の大会の先発を俺に投げさせてくれないか?」
小塚は速水の目をまっすぐ見て言った。
「え?な、なんでですか?」
速水は戸惑う。
「まぁ、なんというか…、お前はまだ2年生だし、まだ未熟な部分もあるし、もし負けてもまたチャンスがあるだろ?俺なんかは今年最後だし…」
小塚は昨日考えてきた精一杯の言い訳を、申し訳なさそうに言う。
「で、でも…」
速水は煮え切らない返事ばかりをしている。
「お前だってさ、今年最後の先輩に花を持たせてやりたいと思わないか?今年最後の先輩にのびのび投げさせてやりたいと思わないか?」
「今年最後の」の所に力を入れて、小塚は速水に迫った。
「小塚さんには悪いと思ってるんですけど、選ばれたのは僕ですし、精一杯頑張ろうと思うんですけどーー。」
「俺は今精一杯頑張る時なんだよ。なぁ、頼むよ」
小塚はなかなか帰らないセールスマンの如く粘る。
すると、速水は小塚たちの方に向き直り、
「僕は大会で精一杯投げます!小塚さん、ごめんなさい!」
と頭を下げた。
小塚たちはしばらく黙っていたが、
「ーーーしょうがねぇな」
と小塚が口を開いた。
「手荒なマネはしたくねぇんだが、こうなった以上、そうもいってられねぇ。よし、やれ」
小塚が指を鳴らすと、松田と榎本が速水の両腕をつかみ、倉庫のドアの前に連れていった。
松田がドアを開け、榎本が右腕をその中に入れる。
「ちょ、なにするんですか!」
速水は必死で抵抗する。
が、瞬間接着剤で貼り付けられたかのように体が動かない。
「やれ!」
小塚がゴーサインを出すと、榎本がドアを勢いよく閉める。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
速水の声はむなしく響き渡るだけだった。




