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ここからは回想になります。
少し長くなりますが、どうぞお付き合い下さい(笑)
ここは金橋中学校。
金橋中学校は勉強に力を入れていて、全国模試は常にトップクラス。
卒業生には有名企業の社長や、経済界のトップもいるらしい。
とにかく学校全体の教育の意識が高くて、授業中も手紙を書いて渡し合ったり、ノートに落書きしたり、居眠りする生徒などいない。
みんなが机のノートと黒板に交互に視線を移しながら、授業を聞いている。
生徒達は予習と復習を欠かさず、教科書の全ての文章が頭の中に入っている生徒も少なくない。
部活もとにかく盛んで、吹奏楽部は毎年何かしらの賞を取るし、サッカー部も毎年全国大会に出場し、ここからプロに行った者も少なくない。
その中の一つ、野球部がグラウンドで練習を行っている。
「ストライク!」
マウンドで投げている少年は、次々とチームメイトを三振に打ち取っていく。
「速水、すげぇな。さっきからバットにかすりもしてねぇ」
選手がマウンドの選手に羨望のまなざしを送る。
彼は速水謙一郎。2年生ながらこの速球を武器に、めきめきと頭角を現していた。
「ありがとうございます」
速水はベンチに向かって、照れながらお辞儀をした。
「ホントに2年生とは思えないな。スピードだけなら、3年生にも負けてないぞ」
監督も舌を巻いている。
「いや、僕なんてまだまだですよ…」
速水は頭をかく。
それを少し離れた場所で無表情で見ていた3人組がいた。
真ん中にいるのは、小塚武司。
速水の先輩で、野球部のエースだ。
「速水のヤロー、いい気になりやがって…」
小塚はグローブにボールをバシバシ叩きつけている。
「小塚さん、速水のヤロー調子に乗ってますね」
左の2年生の松田が同調する。
「ホントは小塚さんがウチのエースなんですけどねぇ」
右の榎本が耳打ちする。
「ちょうど球が速ぇからって、エースになれると思ったら大間違いなんだよ。ストレートだけで抑えられるほど野球は甘くねぇ」
小塚は速水を見て言った。
「よし、今日は紅白戦を行う」
監督が選手に向かって言った。
「この紅白戦で、大会のメンバーを決める。これはテストでもあるから、気を抜くなよ」
監督はそう言うと、マネージャーにゼッケンを持ってくるようにと促した。
マネージャーがゼッケンを持ってくると、監督はチームごとにゼッケンをつけるように、と指示を送った。
小塚たちレギュラー組は白、速水たち補欠は赤のゼッケンをつけることになった。
白チームの選抜は小塚。
小塚の投球練習を見た赤チームは、
「小塚さんのボール打てるかなぁ」
「あんなん無理だろ」
といった声を出した。
速いな。
速水は小塚の投球練習をベンチに座って、眉ひとつ動かさすじっくり見ていた。
「プレイ!」
監督が試合開始を告げた。
小塚はあっという間に2人を三振に打ち取る。
鮮やかすぎる投球だった。
小塚は思わずニヤッとした。
「小塚さぁ~ん、ナイスピッチ!」
「さすが、金橋のエース!」
セカンドの松田とショートの榎本がここぞとばかりにヨイショする。
次は速水。
小塚はじっくりと速水を見る。
球はそこそこ速いみてぇだが、それでも俺よりはたいしたことはねぇ。
もう一度、速水を見る。
ゆったりしたモーションで投げた。
内角のストレート。小塚の一番自信のある球だ。
まだ主役は譲らねぇぞ。
そう思った時、キィン、と快音がグラウンドに鳴り響いた。
バカな…。打たれただと?
「レフトォ!」
小塚がレフトに向かって叫ぶ。
レフトは無我夢中でボールを追いかけた。
だが、しばらくしてその足を止めた。
ホームランだった。
赤チームは歓声に沸き、白チームは驚きと焦りがミックスしたような顔を浮かべている。
そんな悲しみと不安が入り混じったグラウンドで、小塚は1人マウンドにうずくまっていた。
速水…。やるじゃねぇか。
小塚はしばらく立ち上がれなかった。




