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「何や、お前ら!逆転されたやないか!」

速水が怒鳴り散らす。

それもそのはず、さっきまで当たりもしなかった自分の球が打たれ(正確には当たっただけだが)、味方のエラーで逆転された。

速水としては不本意極まりないだろう。

「よし、俺も続くぞ!」

井川が勢いいさんでバッターボックスに立つ。

すると、速水がギロリと井川を睨んだ。

井川はすっかり縮み上がってしまい、三振。

「怖いよ~。今日の夜夢に出るよ~」

井川は震えながらベンチに戻ってきた。




6回表。3-2とついに逆転した。

あと3回。守りきれば2回戦進出だ。

「お前ら何やってんや!あんな格下相手にてこずっている場合やないで!」

速水はチームメイトに怒鳴っている。

「しっかりしいや!今日のサーロインステーキ御膳、おごってあげへんで!」

「えぇ!4日前から楽しみにしてたのに~」

「僕、朝食抜いてきたんですよ」

「アホ!試合の日ぐらい食べんかい!」

関西人はツッコミが鋭いな。

明はサードに向かった。




岩崎は絶好調だった。

あっという間に三者三振にきってとった。

「岩崎、調子が出てきたな!」

北野が岩崎の肩を叩く。

「おう、これでもチームのピッチャーだからな」

岩崎は親指をつきだしてみせた。

「よっしゃ!追加点狙ってくぞぉ!」

井川が雄叫びをあげる。

しかし、こちらも三者三振。

「おい!戦意を削ぐんじゃねぇよ!」

井川が憤慨した。感情の起伏が激しいようだ。

「そんなことより、次はクリーンナップに回ってくるんだろ?」

北野が顎をしゃくる。

「この回で逆転される可能性は大いにあるな。速水ってヤツにはホームラン打たれてるしな」

臼田が腕組みをして考え込む。

確かに3-2でリードしてはいるものの、十分逆転もあり得る点差だ。

3番田口、4番速水など強打者が揃っている。

速水にいたっては先制ホームランを打たれている。この回で下手したらかなりの差をつけられる可能性もある。

「いや、絶対抑えてみせる。俺に任せてくれ」

岩崎がチームメイトに言う。その目は決意に満ちていた。

「よし、じゃあ頼むぜ」

その気を察したのか、井川達は守備につく。






まさか俺たちが負けるとはな。

田口は素振りしながら考え事をしていた。

田口と速水は中学からの付き合いである。

共に小学校から野球をしているということもあり、すぐに打ち解けた。

やがて二人は野球部に入り、頭角を表していった。

中学にして120キロの球を投げる速水と、恵まれた体格でホームランを連発する田口は「ゴールデンバッテリー」として恐れられていた。

「俺は田口さえいればええんや。田口が打って、俺が抑える。これで勝てるんや」

速水はいつしか田口を信頼するようになった。

金橋高校に入っても、ゴールデンバッテリーの勢いは衰えず、昨年は全国大会準優勝と野球部に大きな栄光をもたらした。

そんな俺たちが負けるはずがない。

田口はバッターボックスに立った。

岩崎は第1球を投げる。

速水、絶対に勝とうな――。

田口は内角にきた球をフルスイングした。

バットは快音を響かせ、レフト方向に飛んだ。

ノーアウト一塁。

4番速水が打席に立つ。

「タイム!」

森先生がタイムを取った。

野手がマウンドに集まる。




「敬遠…ですか?」

岩崎が森先生に訪ねる。

「相手は4番だぞ。ましてやホームランを打たれている。逆転のピンチだし、ここは塁を埋めて、後続を打ち取ろう」

森先生は岩崎の質問にテキパキと答えた。

「まぁ、この状況じゃあそうだろうな」

大村が言うと、

「あぁ、勝負すんのは危険だよな」

と藤田も同調する。

敬遠か。

明はなんとなく嫌な予感がした。

何か理由はある訳ではないけど、敬遠するには早い気がした。

勝負したい。

「あの、ここは勝負した方がいいと思います」

気がつけば口に出していた。

「え?」

藤田が明を見る。

「まだ1人塁に出たばかりですし、まだ敬遠するには早いかと…。」

明は一応理由を言ってみた。

「でも、4番はホームランを打たれてんだぞ。ヘタしたら逆転されるぞ」

大村が「コイツ何言ってんだよ」という顔で言った。

「お前はこのまま点差を広げられてもいいのか?」

北野も乗り気じゃない顔で言った。

そうか。俺はこの世界じゃ1年生だった。

そんな自分が逆転される可能性があるこの状況で勝負しようという提案を持ちかけても、受け入れられる訳はなかった。

自分の身の程を知るべきだった。

「あの…やっぱりい…」

明が言いかけた時、

「よし!やろう!」

と岩崎が叫んだ。

「え?岩崎くん何言ってるの?」

小宮が岩崎の顔を見る。

「逃げる野球はしたくない。俺は勝負する」

岩崎は力強く言った。

「おい、だからヤツにはさ…」

「よし、みんな守備につけ」

小宮の言葉を制して、岩崎が促した。

「おい、人の話を聞けよ」

小宮が怒りながらレフトに向かった。





果たして吉と出るか凶と出るか。

明は胸がドキドキしていた。



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