表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/90

(34)

「速水、大丈夫だ。あんなのまぐれ当たりだぞ」

田口がマウンドに駆け寄り、速水を落ち着かせる。

「後は下位打線だから、落ち着いて三振取ればまだイケるぞ」

田口の言葉に速水もようやく落ち着きを取り戻したようで、

「あぁ、キッチリ押さえたるわ」

と笑顔で返事をした。





「プレイ!」

試合再開。

「よっしゃ!チャンスだチャンス!」

「いけぇ!臼田ぁ!」

ランナーが出たことによって、明北高校のベンチはさっきとは打って変わり、水を得た魚のようにイキイキし始めていた。

まるで、反撃ののろしをあげるかのように。

「よし、俺の出番だな」

森先生が立ち上がる。森先生の目もキラキラ輝いている。

「野球はホームランと三振だけじゃないことをわからせてやる」

そう言うと、森先生は臼田に送りバントのサインを出す。顔がかなりニヤついている。

ランナーが出ただけでこんなに喜ぶとは。

明は森先生がかわいいと思った。

臼田はうなずき、バットを構える。

速水はセットポジションから第1球を投げた。

と同時に大村が走り出す。

なめやがって。

速水が投げた球を臼田が見事にバットに当てる。

送りバント成功である。

クソ、チマチマしやがって。

速水は少しイラついていた。

7番の沢田が打席に立つ。

森先生はまたバントのサインを出した。

速水がまた投げる。

沢田がこれまたキレイにバントを決める。

「塚田ぁ!」

速水が塚田に向かって叫ぶ。塚田は焦ってボールをグローブで弾いてしまった。

二死一、三塁。同点のチャンスが来た。

「よっしゃ!同点だ!」

小宮が意気揚々とバッターボックスに立つと同時に、

「塚田ぁ!」

という速水の叫び声が聞こえた。

見ると、速水が塚田に向かって怒鳴っている。

「なんや今のプレーは!バント処理なんか簡単にできるやろ!こんなこともできへんのか!」

関西弁になると、こういう言葉が怖く聞こえてくるから不思議である。

「約束や!ヘマしたら交代って」

「ちょ、それは勘弁してください…」

塚田は交代がよっぽど嫌なのか、速水に泣きつくように近寄った。

「けどな、お前のせいで同点のピンチ作られてんねやぞ。全部お前のせいやないか」

速水は塚田の説得に耳を貸そうともしない。

「もうお前エエわ。下がれ」

速水は塚田の目を見て言った。

「おい田辺、サード入ってくれ」

速水がそう言うと、金橋高校のベンチから田辺と呼ばれた選手がハイ、と返事をしてグラウンドに駆け寄ってきた。

「ホラ、さっさとベンチに戻れ」

今度は速水が塚田に目を合わせないで言った。

塚田は頼りなく、金橋高校のベンチに戻っていった。

「なんだアレ。そんなに責めなくたっていいのにな」

井川がこぼした。





小宮が打席に立つ。

もう同じ手は通用するか。

速水は第1球を投げた。速水の苛立ちが出たのか、球が若干速くなった。

「ストライク!」

「お、おい…。また速くなってねぇか?」

北野が目を丸くしている。

「お前に俺の球が打てるかぁ!」

速水は第2球を投げた。

ストライク。手も足も出ない。

「これで終わりだ!」

速水の第3球。今まで一番速い球だった。

小宮はバットを振った。

バットは虚しく空を切った。

やっぱりダメか…!

小宮がそう思った時、田口のミットがボールを弾いた。

「な…」

田口が思わず声をあげる。

「振り逃げだ!」

「小宮、走れ!」

ベンチが声を飛ばすのと同時に、小宮が走り出す。

「田口、バックホームや!」

速水が田口に向かって叫ぶ。

「間に合うわけないっしょ!」

それを横目に、大村がホームインした。

「よっしゃあ!1点返したぞ!」

ベンチが一気に沸き返った。

「田口、お前どうしたんや」

速水が田口からボールを受け取りながら言った。

「すまん。お前の球が速すぎて受け止めきれんかった」

田口は悔しそうにうつむきながら言った。

「まぁ、ええわ。次はあの一年ボウズやから抑えられるやろ」

「あぁ、そうだな」

田口はそう言うと、ポジションに戻っていった。





その一年ボウズこと明は、ガチガチに緊張していた。二死一、二塁。一打逆転のチャンスだ。

だが、明には荷が重い。胃もキリキリ痛み出した。

誰か胃腸薬持ってないかな。

明はそんなことを思いながら、打席に立つ。

「プレイ!」

速水は第1球を投げた。内角に食い込むボールは速さを失っていなかった。

「ストライク!」

明は完全に怖じ気づいていた。

打てる訳がない。

そう思うと足が震え、汗もダラダラ出てきて、胃はキリキリ痛み出した。

「明、打てなくてもいい!最高のスイングをして帰ってこい!」

臼田が叫ぶ。

打ちたいんだよ、俺は。

明は心の中でツッコミを入れて、バットをかまえる。

速水が2球目を投げた。

また内角のストレート。

「くそぉ!もうどうにでもなれ!」

明はやけくそ混じりにバットを振った。

バットは快音を響かせた。

やった。当たった。

明は嬉々としてグラウンドを見る。

しかし、完全に打ち上げていた。

ボールはレフト方向に飛んでいる。

やっぱりダメか。

明がそう思ったその時、レフトの真後ろにボールが落ちた。

明北ベンチが沸く。

沢田と小宮が帰ってくる。

これで逆転。

明はスリーベースヒットになった。

速水は信じられないといった感じで、レフトを見つめている。




俺だってやればできるんだ。

明は小さくガッツポーズをした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ