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「速水、大丈夫だ。あんなのまぐれ当たりだぞ」
田口がマウンドに駆け寄り、速水を落ち着かせる。
「後は下位打線だから、落ち着いて三振取ればまだイケるぞ」
田口の言葉に速水もようやく落ち着きを取り戻したようで、
「あぁ、キッチリ押さえたるわ」
と笑顔で返事をした。
「プレイ!」
試合再開。
「よっしゃ!チャンスだチャンス!」
「いけぇ!臼田ぁ!」
ランナーが出たことによって、明北高校のベンチはさっきとは打って変わり、水を得た魚のようにイキイキし始めていた。
まるで、反撃ののろしをあげるかのように。
「よし、俺の出番だな」
森先生が立ち上がる。森先生の目もキラキラ輝いている。
「野球はホームランと三振だけじゃないことをわからせてやる」
そう言うと、森先生は臼田に送りバントのサインを出す。顔がかなりニヤついている。
ランナーが出ただけでこんなに喜ぶとは。
明は森先生がかわいいと思った。
臼田はうなずき、バットを構える。
速水はセットポジションから第1球を投げた。
と同時に大村が走り出す。
なめやがって。
速水が投げた球を臼田が見事にバットに当てる。
送りバント成功である。
クソ、チマチマしやがって。
速水は少しイラついていた。
7番の沢田が打席に立つ。
森先生はまたバントのサインを出した。
速水がまた投げる。
沢田がこれまたキレイにバントを決める。
「塚田ぁ!」
速水が塚田に向かって叫ぶ。塚田は焦ってボールをグローブで弾いてしまった。
二死一、三塁。同点のチャンスが来た。
「よっしゃ!同点だ!」
小宮が意気揚々とバッターボックスに立つと同時に、
「塚田ぁ!」
という速水の叫び声が聞こえた。
見ると、速水が塚田に向かって怒鳴っている。
「なんや今のプレーは!バント処理なんか簡単にできるやろ!こんなこともできへんのか!」
関西弁になると、こういう言葉が怖く聞こえてくるから不思議である。
「約束や!ヘマしたら交代って」
「ちょ、それは勘弁してください…」
塚田は交代がよっぽど嫌なのか、速水に泣きつくように近寄った。
「けどな、お前のせいで同点のピンチ作られてんねやぞ。全部お前のせいやないか」
速水は塚田の説得に耳を貸そうともしない。
「もうお前エエわ。下がれ」
速水は塚田の目を見て言った。
「おい田辺、サード入ってくれ」
速水がそう言うと、金橋高校のベンチから田辺と呼ばれた選手がハイ、と返事をしてグラウンドに駆け寄ってきた。
「ホラ、さっさとベンチに戻れ」
今度は速水が塚田に目を合わせないで言った。
塚田は頼りなく、金橋高校のベンチに戻っていった。
「なんだアレ。そんなに責めなくたっていいのにな」
井川がこぼした。
小宮が打席に立つ。
もう同じ手は通用するか。
速水は第1球を投げた。速水の苛立ちが出たのか、球が若干速くなった。
「ストライク!」
「お、おい…。また速くなってねぇか?」
北野が目を丸くしている。
「お前に俺の球が打てるかぁ!」
速水は第2球を投げた。
ストライク。手も足も出ない。
「これで終わりだ!」
速水の第3球。今まで一番速い球だった。
小宮はバットを振った。
バットは虚しく空を切った。
やっぱりダメか…!
小宮がそう思った時、田口のミットがボールを弾いた。
「な…」
田口が思わず声をあげる。
「振り逃げだ!」
「小宮、走れ!」
ベンチが声を飛ばすのと同時に、小宮が走り出す。
「田口、バックホームや!」
速水が田口に向かって叫ぶ。
「間に合うわけないっしょ!」
それを横目に、大村がホームインした。
「よっしゃあ!1点返したぞ!」
ベンチが一気に沸き返った。
「田口、お前どうしたんや」
速水が田口からボールを受け取りながら言った。
「すまん。お前の球が速すぎて受け止めきれんかった」
田口は悔しそうにうつむきながら言った。
「まぁ、ええわ。次はあの一年ボウズやから抑えられるやろ」
「あぁ、そうだな」
田口はそう言うと、ポジションに戻っていった。
その一年ボウズこと明は、ガチガチに緊張していた。二死一、二塁。一打逆転のチャンスだ。
だが、明には荷が重い。胃もキリキリ痛み出した。
誰か胃腸薬持ってないかな。
明はそんなことを思いながら、打席に立つ。
「プレイ!」
速水は第1球を投げた。内角に食い込むボールは速さを失っていなかった。
「ストライク!」
明は完全に怖じ気づいていた。
打てる訳がない。
そう思うと足が震え、汗もダラダラ出てきて、胃はキリキリ痛み出した。
「明、打てなくてもいい!最高のスイングをして帰ってこい!」
臼田が叫ぶ。
打ちたいんだよ、俺は。
明は心の中でツッコミを入れて、バットをかまえる。
速水が2球目を投げた。
また内角のストレート。
「くそぉ!もうどうにでもなれ!」
明はやけくそ混じりにバットを振った。
バットは快音を響かせた。
やった。当たった。
明は嬉々としてグラウンドを見る。
しかし、完全に打ち上げていた。
ボールはレフト方向に飛んでいる。
やっぱりダメか。
明がそう思ったその時、レフトの真後ろにボールが落ちた。
明北ベンチが沸く。
沢田と小宮が帰ってくる。
これで逆転。
明はスリーベースヒットになった。
速水は信じられないといった感じで、レフトを見つめている。
俺だってやればできるんだ。
明は小さくガッツポーズをした。




