(31)
1回裏。今度は明北高校の攻撃だ。
速水は投球練習をしている。
130キロはあろう球が、バンバンミットにおさまっている。
「やっぱり速いな」
井川が呟く。
「めちゃくちゃ速えーよ。プロみたいだ」
北野も目を丸くする。
「でもさ、守備がザルだから転がしゃなんとかなるだろ」
臼田が言う。
「そうか。ピッチャーさえ攻略すればイケるな!」
「よし、やってやるぜ!」
「逆転、逆転!」
作戦が決まったらしく、選手たちは素振りを開始し始めた。
だが、明はそんな余裕もなく、ただ速水の投球を観察していた。
速いな。打てないな、こりゃ。
今さらながら手ごわい相手と当たっちゃった、と実感する明なのだった。
「プレイ!」
審判の声と同時に、井川がバットを構える。
「井川、転がせー!」
明北ベンチから声が飛ぶ。
「その前に当てられるかやな」
速水はそう言って、第一球を投げた。
コースをついた速球。
スバン!と音をたててミットに吸い込まれていった。
「ストライク!」
審判が手をあげる。
明は目を丸くした。
練習で速水の投球を見て、速いなぁとは思っていたのだが、今投げた球はそれよりももっと速く見えた。
二球目、三球目と井川は空振りし、一死。
「まいったな。手元で相当伸びてるぞ」
井川が悔しさを抑えながら言う。
続く北野も三振。
ボールにかすりもしない。
「うぁ~、速いじゃねぇかよぉ~」
北野が悔しがる。北野は感情を表に出すタイプのようだ。
「それだけじゃねぇ。キレもハンパねぇ」
大村が神妙な顔で言った。
岩崎が打席に立つ。
「さて、早いとこ終わらせよか」
速水はそう言うと、第一級を投げた。
バシッとミットにボールがおさまる。
岩崎も手も足も出なかった。
「ちくしょう、どうやって打ちゃいいんだよ」
岩崎が露骨に悔しがった。
「いくら守備がザルでも、打てないんじゃ話にならねぇよ」
井川がうなだれた。
明はマズイと思った。
金橋高校は決して守備は良くない。
だから転がせばチャンスはあるのだが、相手はあの速水である。
速いストレートと変化球で金橋高校野球部を好成績に導き、「平成の奪三振王」の異名までつけられる名選手だ。
こりゃ絶望的だ…。
明は気が滅入ってしまった。
先輩でさえ打てないのに、1年の自分が打てる訳がない。
悔しいが、2回戦突破は無理だな。
明は家に帰りたくなった。




