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ここは金橋高校。都内でも有数の進学校でも知られ、東大、京大、慶応、明治、早稲田などの有名大学の進学率も高い。
そのおかけで、偏差値85という普通の高校ではまず弾き出せないであろう偏差値を誇っている。
だが、部活動にも力を入れている。サッカーは毎年ベスト4に食い込む実力を持っているし、テニスも全国制覇を3度も達成している。
吹奏楽だって毎年コンクールで金賞を受賞し、美術部も毎年素晴らしい成績をおさめている。
そう、金橋高校はエリートが集まった高校なのだ。
もちろん野球部も例外ではない。
毎年甲子園に行く実力の持ち主だし、練習試合ではコールドゲームは当たり前だった。
その野球部の原動力となっているのが、主将の速水謙一郎だった。
彼は多彩な変化球とキレのあるストレートで、三振をいくつも奪っている。
彼についたあだ名が、「平成の奪三振王」である。
噂ではすでにプロからも注目され、来年プロ入りは確実とされていた。
その速水が部室に入ってきた。
「よし、早速ビデオを回せ」
速水は一緒にいる女子生徒に促した。この女子生徒は球場で速水と一緒にいた女子生徒である。
「はい、今回します」
女子生徒は、テレビの方に向かって歩き出した。
カメラをコードに繋ぎ、電源を押す。
そこには明北高校と江南高校の試合が写し出された。
どうやらこの二人は偵察のために球場を訪れていたらしい。
「綾音どうや?次の俺らの対戦相手は?」
綾音と呼ばれた女子生徒はコクりとうなずいた。
「はい、サードやショートのフィールディングは要注意です。ですが、それ以外は特に目立った活躍はしていません」
綾音は淡々と解説を述べた。
この川原綾音という女子生徒は、金橋高校野球部のマネージャーを努めている。チームの練習のサポートはもちろん、情報収集や作戦を組み立てるなど、速水の右腕的存在だ。
「そうか。攻撃はどうや?」
速水が綾音に訪ねると、
「はい。1番、2番は小技に警戒した方がいいでしょう。3番、4番は内角の珠に弱い印象がありました」と綾音は答えた。
「上出来や。じゃあ作戦を練っていこうや」
速水がノートを広げる。
「他の選手は呼ばなくてもいいんですか?」
綾音が尋ねると、
「ええんや。ウチは俺がバッサバッサと打ち取れば。どうせ俺の球にはかすりもせえへんのやからな。野手はただいるだけでええんや」
と速水は自信タップリに言った。
綾音は少し間を空けてから、
「は、はい…」
と返事をした。
明は家に着いた。
「ただいまぁ」
「お帰り、明。ねぇ、勝ったの?」
母の良子が出迎えるなり、直接的な質問を明にぶつけた。
「うん、勝ったよ」
明はその直接的な質問にこれまた直接的な答えを返した。
「まぁ!スゴいじゃない!ねぇ、ホームランとか打ったの?」
「母さん、俺まだ1年だからベンチに入らさせてもらえないんだよ。試合に出てないのに、ホームランなんか打てるわけないでしょ」
息子の冷静なツッコミに良子は、
「あ、それもそうね」
と笑ってごまかした。
「あー、疲れた」
リビングに行く。そこには欽一と光莉がニヤニヤしながら座っていた。
「お疲れ様。よかったな」
欽一が話しかける。
「うん。一時はどうなることかと思ったけど」
明がセカンドバッグを床に下ろしながら言う。
「ねぇお兄ちゃん、試合には出たの?ホームランとか打ったの?」
光莉が目を輝かせながら聞いた。
やれやれ。どうやら光莉は母さん似らしい。
「俺は1年だからまだ出れないの」
めんどくさくなったのか、明は良子に答えた答えを省略して返した。
こんな感じか。
明はソファに座りながら思った。
前に負けて帰ってきた時は、良子も欽一も光莉もなぜだかわからないが妙に気を使っていた。
明はそれが妙だった。
勝っただけでこんなに変わるか。
「よぉし、今日はちらし寿司でも作っちゃおうかなぁ」
キッチンでは良子のウキウキした声が聞こえる。
大げさだな。
明は視線をテレビに移す。テレビは新しいパンダの赤ちゃんが産まれた、というニュースを放送していた。