(25)
明北高校と江南高校の試合は、明北高校の大逆転勝利で幕を閉じた。
さっきから明北高校の選手は喜びに浸っていた。
明はそれを微笑ましく見ていた。
それをスタンドから見ていた男と女がいた。
「あれが次の対戦相手かいな。なんかしょっぼいなぁ」
男は頬杖をつきながら、ぼやくように言った。
「速水キャプテン、油断は禁物ですよ。勝負に勝つためには、一瞬の油断も許されません」
女が男に言った。
「大丈夫や。あんな相手、俺が完封したるよ」
速水と呼ばれた男は、笑いながら言った。
「よし、学校に戻って作戦会議や」
速水が女に促すと、女も頷いて後に続いた。
ここは某ファミレス。
ここで明北ナインがささやかな祝勝会を開いていた。
「みんな、今日は本当におめでとう。今日の勝利も本当にみんなのおかげだと思っている」
森先生がナインに言葉をかける。
「一度は絶体絶命なところまで追い詰められましたが、最後の粘りで見事に勝ちました。最後まで勝利を諦めなかったからこそ…」
「先生、いいから早く食べましょうよ」
井川が遮るように言った。
「そうですよ。これじゃ先生のディナーショーですよ」
岩崎が茶化すように言うと、会場は爆笑に包まれた。
森先生はハッとして、咳払いをした。
「そ、そうだな…。じゃあ、乾杯といこうか。今日は俺のおごりだ!なんでも頼むがいい!」
森先生が豪快に言った。
すると、選手から次々に、
「じゃあ、サーロインステーキセット!」
「俺は、三元豚のカツ丼定食とケーキセット!」
「じゃあ、俺はこだわりの握り寿司セットと、期間限定抹茶パフェで!」
と口々に注文した。
「ちょ、ちょっと待て!」
森先生はあわてて財布を取り出して、
「足りるかなぁ~」
と所持金を確認し始めた。
選手達がドッと笑った。
明は周りを見渡す。激戦から解放された選手達は、本当にリラックスした感じで談笑している。
数時間前まで1点を競い合う試合をしていたとは到底思えない。
みんな冗談を言ったり、他愛もない話をしている。それはまるで、無意識の内に労を労っているかのようだった。
明は視線を自分の隣に移す。長瀬と美穂が昔の思い出話に花を咲かせていた。
「そこで明がさぁ…」
「そうそう、そういうことあったね」
多分、自分の悪口を言っている。
明は知らんぷりをすることにした。
「いやぁ、食った食った」
祝勝会の帰り道で長瀬がお腹をさするマネをした。
「ホントに楽しかったなぁ」
明も同調した。
あれから祝勝会は盛り上がってしまい、かれこれ3時間はお店にいただろう。
「ホントに先輩達嬉しそうだったね。なんだか私も嬉しくなっちゃった」
美穂もウキウキした口調で言った。
「そりゃ、楢崎先輩がまさかの離脱で逆転されたのに、その後キレイな逆転勝利。まさにメークドラマってヤツだよ」
「いわゆるひとつのね」
美穂がウイングする。
長瀬と美穂は息ピッタリだ。夫婦漫才ができそうだと明は常々思っている。
「明日からはもっと忙しくなるぞ。記念すべき二回戦に進出したんだからな」
長瀬の言葉に明はハッとした。
明が在籍している間に、明北高校は二回戦に進出したことがないのだ。
と、いうことは…。
未来が変わったのだ。
少しとはいえ未来が変わった。
明自信予想外だったが、今一回戦に勝って二回戦に進出しているのは紛れもない事実だ。
長瀬達と別れた後も明は考えていた。
本来なら一回戦敗退の所を今は勝ち上がっている。
つまり、これからは「明の知らない未来」ということになる。
予想が全くつかない。
明は使いなれていない頭をフル回転させて考えたが、やはり使ってないからか答えは出なかった。
いいや。明日考えよう。
明は家路を急いだ。