(22)
「ちょ、ちょっと待ってください!」
山岡は声を張り上げた。
「どうした?何か問題でもあるのか?」
監督は山岡の顔を覗きこむようにして言った。
「お願いです…。交代させないで下さい…。俺は…、江南高校の…エースなんです…」
山岡は声を絞り出すようにしていった。
「そのエースがバガスカ打たれているんだろ。だから交代するって言ってるんだ」
監督は毅然とした態度で言った。
「お前一人がこうして頑張っている訳じゃないんだぞ。みんな毎日汗水垂らして練習に打ち込んで、予選を勝ち抜いてここにいるんだぞ。それをお前一人のわがままに付き合っていたら、全てが水の泡だ」
「で、でも…」
山岡が言葉を発するのと同時に監督が怒鳴った。
「山岡!いい加減にしろ!これから大会で何試合も戦っていかなくちゃいけないんだ。そうなればお前一人で投げる訳にはいかないんだ。お前のためを思っての交代なんだぞ」
山岡はその場に座り込んだ。
「後はベンチで応援でもしていろ」
監督が促すと、山岡は力なくベンチに戻っていった。
「ピッチャー交代!山岡に変わり、石田!」
監督は山岡に目もくれず審判に交代を告げ、ベンチに戻った。
野手も山岡に目もくれず、それぞれの守備についた。
明は山岡の方をじっと見る。
山岡はまるで脱け殻のようにうなだれ、動かない。
さっきまで投げていたとは思えない。
「石田、頼むぞ。」
キャッチャーが江南の2番手の石田裕一に話しかける。
「大丈夫っしょ。1点差ぐらいなんとかなるってぇ〜。」
石田があっけらかんと言った。
石田は若干軽率な所があった。良く言えばフレンドリー、悪く言えばチャラい。そういう人間だった。
「ま、翔梧(山岡)があんなに打たれたんじゃしゃあないでしょ。俺が軽く抑えますわ」
石田が笑いながら言った。
「プレイ!」
審判が叫ぶ。
バッターボックスの井川に向けて、石田が投げる。
速い。
明は目を丸くした。
ミットにボールがおさまる音がした。
「ストライク!」
審判が手を突き上げる。
速い。
明はもとより、ベンチも呆気にとられていた。
井川は手も足も出ず、三振。
「あぁ、チェンジか」
北野が情けない声を出した。
「でも、逆転だぜ。守りきれば勝つよ」
岩崎が言った。しかし、あまりにも速い。
ストレートだけなら、山岡より速いのではないか。
明がふと江南ベンチに目を向けると、石田が山岡に話しかけていた。
「翔梧~。俺、簡単に三振とったぜ。すげぇだろ~。」
石田の軽率な挑発にも、山岡はうなだれたままだ。
「いや~、しかしまぁ、江南のエースだっつっても一度崩れたらおしまいなんだなぁ。これなら俺が先発だったらよかったなぁ」
と石田が言った。
次の瞬間山岡は立ち上がり、石田の胸ぐらを掴んだ。
まずい。
江南ベンチに緊張が走った。