(21)
山岡は動揺していた。
俺のせいでランナーを出してしまった。
6回表。4-2とリードしている。
これはもう勝ったも当然だった。
なのに…。
「プレイ!」
審判の声が響く。
沢田は森先生に言われた通りに、バントの構えをした。
山岡が第一球を投げる。
速い。まっすぐ伸びる球がバッターボックスめがけて飛んでくる。
しかし、コースは外れていた。
「あっぶねぇ!」
沢田はバットをサッと引いた。
「ボール!」
審判が叫ぶ。
山岡は次もコースから外れた球を投げた。
明らかに制球が定まらなくなっていた。
「ボール、フォア!」
とうとうフォアボールを出してしまった。
「よっしゃ!」
沢田はバットを放り投げた。
8番の小宮もバントの構え。
チクショウ…。チマチマと…。
山岡はイラっときた。
しかし、制球は定まらない。いや、もっとひどくなっていた。
「ボール、フォア!」
小宮もフォアボール。二死満塁。
「よっしゃあ!逆転のチャンスだ!」
「ピッチャー、ストライク入らなくなってるよ!」
明北のベンチからヤジが飛ぶ。
9番の川崎がバッターボックスに立つ。
「いけぇ!川崎!」
川崎もバントの構えをとった。
このやろう。バントで俺を揺さぶろうたってそうはいかねぇぞ。
山岡は投げた。だが、手に力が入らない。内角の甘い球。
明らかに力の抜けた球だった。
「川崎ぃ!打てぇ!」
大村の声を聞き、川崎がバットを持ち直し、フルスイングした。
バットはいい音をたてて、ボールをはるか後方に飛ばした。
「レ、レフトォ!」
山岡が江南高校のレフト、篠原に叫ぶ。
だが、ボールは篠原のはるか後ろにスドンと落ちた。
「よっしゃあー!」
明北ベンチが歓声に包まれる。
臼田、沢田、小宮がホームインしてくる。
5-4。川崎のスリーベースヒットで明北はついに逆転した。
「川崎!よくやった!」
大村が川崎に叫ぶと、川崎は笑いながら手を振った。
「お、俺が…。ち、ちくしょお…。」
山岡はマウンドでうなだれている。
「お、俺は…こ、江南高校のエースなんだ…。こんな格下の相手に…。」
あまりのエースの落胆ぶりに、江南ナインはかける言葉が見つからなかった。
「タイム!」
江南高校の監督が叫んだ。
監督はマウンドの山岡の所に行くと、
「山岡、交代だ」
と言った。
山岡はハッとした顔で監督を見つめた。