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6回表。ツーアウト一塁。
臼田のバントで、ランナーが出た。
相手のピッチャーの山岡は、まだファーストを見て唖然としている。
今ならイケるな。
明は確信した。
山岡は明らかに動揺を隠せない様子だった。
確実に処理できる打球を捌ききれず、ランナーを出してしまった。
悔しい。
山岡の体に、脂汗が滲んできた。
「よし!わかったぞ!」
森先生が声をあげた。
「わかったって何がですか?」
井川が訪ねる。
「今のでわかっただろ?江南はバント処理がヘタなんだよ。普通はあのバントなら普通に捌けるのに、もたついている。あれが江南の穴だよ」
森先生が嬉々として喋る。
「でも、たまたまでしょう?」
岩崎が疑いのまなざしを向ける。
「でも、このまま三振するよりマシだろ!負けている今、イケると思ったらそこにかけてみよう!」
森先生がいつになく熱い口調で言った。
「タイム!」
森先生は、7番の沢田を呼び止めた。
森先生は沢田にさっきのバント作戦を耳打ちした。
「えっ?さっきの臼田みたいにバントするんですかぁ?」
沢田がすっとんきょうな声を出した。
「おい、聞かれたらマズイだろ」
「あ、すいません」
沢田が口を隠す。
「さっきの臼田のバントでわかっただろ?江南はキャッチャー前の守備が苦手なんだよ」
森先生が微妙に解釈を変えて話す。
「とにかくウチは負けているし、エースも負傷している。可能性があるかぎりそこにかけてみよう!」
普段見せない森先生の熱さに圧倒されたのか、沢田はコクりと頷き、バッターボックスにむかった。
これが吉と出るか、凶と出るか。
明とベンチは固唾を飲んで見守っていた。
「俺が…。江南のエースの俺が…。」
山岡は明らかに冷静さを欠いていた。