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魔法使いの国会議員

作者: 木津さつき

 国会議員が実は魔法使いだということを皆さんはご存じだろうか?


 彼らの胸元に輝く議員バッチは魔法使いの証しであり、魔法使用の許可証である。 彼らは支持率を魔力とするため、国民に支持されるほど強い魔法使いとなる。 また、魔法を使うには政党助成金を消費する。 そのため何処の党に所属するかが重要になってくるのだ。 多くの議席を獲得している与党に所属していれば、それだけ多くの政党助成金をもらえて制限に縛られずに魔法を使用できるからだ。 国会では支持率を維持しながら法案を可決させたい与党と、野次を飛ばして与党転覆を目論む野党との与野党対決が日々繰り広げられている。 彼らにとって国会とは魔法使い同士の対戦会場なのだ。


 ここに鈴木環境大臣、という人物がいる。 彼はこの小説における主人公である。 この物語は彼を中心として描かれる物語だ。 今日、これから開かれる国会は彼にとっては山場であった。 日本のエネルギー問題にかかわる重要な法案が可決されるか否かの日であり、それもテレビカメラの生中継が入っている。 国民がテレビの前でこの戦いを観戦する中、彼らの戦いが幕をあける――


「鈴木君、前へ」


 鈴木環境大臣は檀上に立つとマイクに向かった。 テーブルには水の入ったコップが一つ置いてある。 彼はその水を一口飲み、喉を湿らせるとスラスラと言葉を並べた。


「我が国のエネルギー問題は危機に瀕している。 安全性、将来性、コストの3つの観点から原子力発電は最も高いパフォーマンスを示している。 この理想的なエネルギー供給をより確固たるものにすべく、国家予算を投じて発展させるべきである。 本議題である『全原子炉でのプルサーマル実施』は核廃棄物を再利用してエネルギーに変える画期的なものであり、資源の少ない我が国のエネルギー問題を解決へと導くものである…」


 大臣は一言も噛まずに、また一度も原稿を見ることなく喋り続けている。 彼が使用している魔法は2つだ。噛まずに喋れるようになる魔法『カマ・ナーイ』と、原稿を全て記憶する魔法『オボ・エーテル』である。 大臣が話している途中、魔法消費を節約したい野党たちが野次を飛ばし始める。


「嘘をつくな! 安全安心なら何故、僻地にばかり原発を建設する!」

「核廃棄物の処理にかかるコストは高いだろうが!」

「プルサーマルはより強力な核廃棄物を生み出すだけだろ!」


 大臣は野次に屈せず、余裕の表情で喋り続けている。 なぜなら彼は新たにもう一つの魔法を使用したからだ。 テレビ局のマイクが自分の音声以外を拾わなくなる魔法『ジャイ・アニムズ』だ。 これにより野次は国民の耳に届かなくなっている。


「震災で原子炉の安全神話は崩壊したではないか!」

「保障問題も解決していないぞ!」


 鈴木大臣の発言が終わると質疑応答の時間に入った。 いくら野党が吠えたところで全て無駄である。 そもそも野次とは本来、するべきものではない。 決められた手順、ルールに従って発言すべきなのだ。 

 

 一人の議員が野党を代表して発言の場に立つ。 その議員とは反原発派で有名な野村議員である。 だが野村議員はマイクのある壇上に来ない。 テレビカメラはそーっと野村議員の座っている席へとパンし、サイズを寄せていく。 すると座ったまま、目を閉じている野村議員をカメラが捉えた。 そう、彼は居眠りをしていたのだ。 おそらく鈴木大臣が魔法『イネ・ムーリ』を使ったのだろう。


 隣に座っていた吉田議員が必死に肩を揺さぶって起こそうと試みるが、野村議員は起きる気配がない。 どうやら『イネ・ムーリ』の上位魔法である『トワノネ・ムーリ』を使ったようだ。 吉田議員は迷っていた。 『アサ・ダーチ』という魔法を使えば勃起とともに野村議員を起こすことができる。 だが彼は残念なことに野党の中でも少数派の弱小政党に所属しているため、魔法を使用するだけの政党助成金が無い。 吉田議員は覚悟を決めて檀上へ向かった。 彼は野村議員の意思を受け継ぎ、発言をしようとマイクを握ったのである。


「電力会社は海洋に汚染水が流れていたことを隠ぺいしていた…」


 吉田議員の口が固まった。 次の言葉が出てこない。 鈴木大臣の魔法のせいだ。 大臣は魔法『クチ・ツグーム』を使用し、さらに二段詠唱で思ったことと逆の発言をしてしまう魔法『ツン・デレーション』を使った。


「…というのは事実ではないんだからね…… 流れ出たのは汚染水…ではなく浄化水なんだからっ 計測されたマイクロシーベルトは人体に問題を… 全く起こさないほど微量なものよ! 勘違いしないでよね!」


 この時、吉田議員の発言に疑問を感じた野党議員たちが野次を飛ばしはじめる。 鈴木大臣は吉田議員の発言をテレビで伝えるために、『ジャイ・アニムズ』の魔法を解いている。 この機を逃すまいと次々と野次が飛んできた。 だが徐々にその声は聞こえなくなっていった。 『イネ・ムーリ』によって鈴木大臣は野次を飛ばす議員を一人づつ眠らせていったのである。 

 

 その異様な光景を黙ったまま観察していた一人の議員がいた。 その議員とは野党の第一党に所属する坂本議員である。 彼は野党の中でも最も多くの議席を獲得している党に所属している。 同じ党の仲間である議員たちはみんな居眠りをしてしまっている。 この状況を打開するには魔法を使うしかない。 政党助成金を使って魔法を使える野党議員はおそらく彼しか残っていないだろう。 彼は考えたすえ、一つの魔法を使うことにした。 それは『マブ・ダーチ』という魔法である。 『マブ・ダーチ』は『アサ・ダーチ』の上位魔法であり、国会にいる全員の性器をフル勃起させることにより、目をギンギンにさせて居眠り系魔法を無効化することができる唯一の魔法である。 中年特融の『中折れ』や『インポテンツ』に悩む議員たちを再び立ち上がらせることにより、中年議員たちは魔法を使用した者に対して感謝感激の涙を流す。 そして男同士の友情が芽生えることから『マブ・ダーチ』と名付けられたこの魔法を使えば居眠りをしている仲間を覚醒させることができるのだ。 坂本議員は少ない政党助成金を捻出して『マブ・ダーチ』を唱えた。 これで全員がフル勃起の嵐に包まれるはずだ。 だがおかしい… あらゆる行為に飽きてしまい、今では嫁の放尿を顔面に浴びせかけられなければ勃起しなくなってしまった坂本議員の息子は立ち上がる気配を一向に見せない。 すると坂本議員の頭の中に鈴木大臣の声が響いてくる――


「ククク… 無駄なことを…」

「これは上級魔法『テレ・パーシ』… 」

「フフッ 味方与党以外の魔法を全て無効化する『マジ・カーヨ』が国会会場を囲っているのだよ坂本君?」

「くそぅ…与党め! 政党助成金で魔法乱発しおって…」

「お前らに『アヤ・ツール』をかけて賛成多数にして可決してくれるわ」

「クッ 卑劣な…」


 鈴木大臣は法案を可決するため、野党全員に操作系魔法である『アヤ・ツール』をかけた。 次々に目を覚ます議員たち、彼らの頭の中には『賛成』の二文字しかない… そのはずであった。 だが思惑とは裏腹に、目覚めた野党たちは再び野次を飛ばし始めたのである。 吉田議員にかけていた魔法も切れているようだ。


「この国会は不正だ!」

「イネ・ムーリなんか使いやがって!」

「わ、私の発言は吉田大臣によって操られていたものだ!」


 あせる鈴木大臣のもとに、スマホを持った佐藤議員が駆け寄る。 佐藤議員は鈴木議員と同じ与党第一党に所属している若手の新人議員だ。


「魔力の源である支持率が下がっているんです…」

「なぜだ!?」

「とにかく『国民の声』を聞いて下さい…」


 佐藤議員はそう言うと手に持っていたスマホを鈴木議員に見せた。 画面に映っていたのは国会のテレビ生中継をユースト配信したもので、それを見た人々による書き込みでコメント欄は荒れていた。


「政党助成金て税金でしょ!? なに下らないことに使ってんの?」

「居眠りさせるために税金払ってたのかよ」

「しかもなんだよコイツ、電力会社から献金受けてんじゃん」

「↑原発建設にかかわったゼネコンもな」

「くだらねぇ茶番… もうコイツに票入れないわ」

「出来レースすぎ」

「失脚しろ!」


 鈴木大臣はもの凄い剣幕で佐藤議員に詰め寄った。 コメント欄に書いてある内容もそうだが、テレビ中継に映っている自分の姿が問題だったのだ。 鈴木大臣の背後に使用中の魔法の効果とコストが表示されているのである。


「すいません! 勉強のためと思って『アナ・ラーイズ』を使っていました…」


 『アナ・ラーイズ』とは名の通り魔法を解析し、効果とコスト(消費された政党助成金の金額)を表示させる魔法である。 『マジ・カーヨ』による魔法の無効化が影響しない味方議員の愚行にマジかよ、という表情で愕然とする鈴木大臣。 新人議員である佐藤議員は今後の勉強の為にこの魔法を使うことによって議員として、魔法使いとしての戦い方を覚えようとしていたらしいが、彼は国会が生中継されているということを失念していた。 そのため鈴木大臣が魔法を使うたびに政党助成金がいくら使われたかが表示されているのをカメラが捉え、全国に放送されてしまっていることに気がつかなかったのである。 しかも悪いことに鈴木議員は政党助成金を使い果たし、個人献金、企業献金をオーバーロードして魔法を使っていた。 つまり大臣は強力な魔法を使って国会を操ろうとしたことと、原発の恩恵を受けた企業から献金を受けていることをテレビで公表してしまっていたのだ。 さらに悪いことに野党が雪崩の如く押し寄せ、国会は乱闘状態となった――


「キサマこのやろう!」

「うるさいハゲ!」

「ハゲとはなんですかハゲとはッー」

「マッサージチェア買ってんじゃねぇよ!」

「ハゲ関係ないでしょうがぁー!」

「キサマこそ少女マンガ事務経費で落としたろうがッ」

「法務大臣の答弁は2つだけ覚えておけばいい」

「ばかやろう」

「あなたとは違うんです!」

「誰に投票してもォ同じやどオモッディエッフウウーーン」

「who are you?」

「誰だ今、産む機械と言った奴は!」

「せいぜい頑張ってください」

「命がけでぇヒィエッフウン、ア゛ア゛ア゛ァァ」

「原爆投下はしょうがない…」

「あなたにはわからないでしょうねぇ!」


 2年後… これがよくある国会の乱闘騒ぎか、とテレビの前でつぶやく一人の男がいた。 彼は失脚し、政界を退いた鈴木元環境大臣である。 彼はあの騒動により議員バッチを失い、魔法使いではなくなっていた。 テレビで見た国会の乱闘騒ぎが昔と重なり、思い出に浸っていたのだ。


「変わったもんだな」


 そう言うと彼はコップに入っていた水を飲み干す。 2年前の事件以来、国会の風景は様変わりしていた。 誰も魔法を使わなくなっていたのだ。 なぜなら魔法を使用すればするほど、支持率が低下するからである。 政党助成金という税金を消費する魔法を使うこと自体が国民の反感を買ってしまう。 世論はそのように変化していたのだ。 魔法を使って国会で戦っていた当時に比べ、酷くつまらなくなったと彼は感じたことだろう。 彼はゆっくりとコップをテーブルに置くと、国会生中継をぼんやりと眺めた。 そんな彼がため息とともに吐いた次の言葉は、先ほど自身が言った言葉とは180°違う言葉だった。


「いや、何も変わってはいないな」


 テレビ画面越しに見える国会議員たち… 魔法が使われていようがいまいが関係なかったのだ。 国会中に居眠りをする議員は後を絶たず、相変わらず子供じみた野次が飛び交っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでいる途中、読んだあと、思わずニヤリと笑ってしまうような小説でした。 楽しかったです!
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