事の次第を弁じ立てると-1
少しだけいやな予感はしていた。
俺はK市の某三流大学に通う現役大学生だ。現在二回生で、少し変わったサークルに入部している。その名も「ホラー研究サークル」。サークル名まんますぎるだろ、とは入学当初に思ったことだが、むだに英語でかっこよく表現するよりも潔く、わかりやすくてけっこうじゃないか。まあ、活動内容と言えば、わりにホラーが好きな連中が集まってなんら生産性のない暇つぶしをぐだぐだしてるぐらいだ。
で、俺がこのサークルに入部した一番の理由というのは、俺がオカルトに興味があるとかそういうある種正当なものからではなく、部室にOBが残していったホラーゲームと、それが部室でプレイできるというめぐまれた環境にあったからだ。なにしろ少し型は古いがハードもあるし、ソフトも何気に充実していた。小さいとはいえテレビも置いてあり、退屈な講義のあと部室に転がり込んでホラーゲームができるというのは俺にとっては魅力的だったのだ(別にホラゲーが格別好きなわけではないのだが、部室にいるメンバーで同じ画面を見てギャーギャー騒ぎながらプレイするのは、一人で黙々とプレイするより面白いものである)。そんな部室の環境からわかるとおり、このサークル、精力的にホラーを研究しようという人間が集まる訳もなく、俺のようにゲーム目当てな連中やただ暇つぶしにだべりにくる奴らばかりで、とにかくまじめにサークル活動をしたいと思ってる奴は俺の知る限りでは在籍していなかった。まったくぬるま湯のような居心地のいいサークルだった。
事が起こったのは、二回生の夏休み。
例年通り、キャンパス内に比較的多く育っている木々のせいか盛大にきこえるセミの合唱と、むっとした暑さが煩わしく感じられる夏だった。
多くの人が知るとおり、大学生の夏季休暇というものはモラトリアムとしてもいささか過剰に思えるほど長い。大学生の先に待ち構える社会人のそれと比べたら天と地ほどの差がある。
その長い長い休みに、今年はひとつ、そのサークル名にふさわしい活動をしようじゃないかと部長が言い放ったのは、夏休みの始まる二週間ほど前だった。それに今、面白そうなものが手元にあってね、と部長が黒の斜め掛けから取り出したのは、一目で何やら胡散臭いとわかる古びた一冊の本だった。全体は元は黒か何かだったのだろうが日に焼けて色味が落ちており、背表紙にも裏表紙にも文字や装飾はなくシンプルなものだったが、その表紙に小さく金の線で描かれている幾何学模様のような紋様がいかにもなあやしさを醸し出していた。
先輩がパラリと本をめくると、古本特有のあの箪笥の引き出しの中みたいな臭いがぷんと鼻についた。そして目に飛び込んできたのは、ある挿絵だった。見開きで描かれているところどころ少しかすれたその絵は、一見したところ何かの手順をしめしているようだった。
先輩が語る所には、それは神をこの世に顕現させる、神降ろしのような儀式の方法を書き記した本であるらしかった。そのような本、いったいどうやって入手したのかと問えば、中古屋で何気なく目についたから買ったという。この台詞を聞いた時点で部員の中に少しだけあった緊張感は一気に緩んだ。いつの間にか止めていた息をはきだす。詳しく聞くと、値段もかなり安かったというから、これは完全にガセ情報が書かれているのだろうと俺だけでなくその場にいた全員が思っただろう。
それでみんな、部長がガセだろうけど雰囲気も出るしやろうやろうと強くいうのに賛成してしまった。なぜってみんなの中ではもうそれは実際には起こりえないことだとそれまでの部長の言葉からしっかり確信してしまったからだ。部長もそう言った割りにはさほど本気ではなかったみたいだった。きっと、本命だったのは合宿をやることで、この本や儀式についてはそれを盛り上げるスパイスとして話したのだろう。実際、その儀式に必要な道具やらなんやらを書き出したり、それを現代にあるものに翻訳して当てはめる作業なんかはけっこう和気あいあいと、仲間たちでああでもないこうでもないと言って盛り上がった。きっと、そこでやめておけばよかったのだ。
結局、田舎のキャンプ場のコテージを借りて、一泊二日の合宿をすることになった。各々儀式に必要なものを持ち寄って、一日目の晩にそれを行うことになっていた。俺はと言えばそのどうせ失敗する儀式のあとに開かれるであろうホラゲー大会の方に意識が飛んでいたから、儀式うんぬんのことは端から頭になかった。その日のために厳選したソフトで、サークル内で比較的ビビりな畑村を思いっきり恐怖に陥れてやろうとたくらんでいた俺だったが、よもや自分が作り物のホラーとは全く違うモノホンのホラー体験を味わうハメになろうとはまるで想像していなかった。
たぶんホラー部分はあっさりいきます。