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人の時間、化生の時間  作者: 勤臣蛆虫
一章 化生と人
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四年目 つがいの微睡み

 夕餉を終え、化生の少女は炬燵(こたつ)に華奢な体を潜らせる。膝の辺りからじんわりと暖かくなる感覚についつい目を細めながらも、抱えた裁縫箱は取り落とさないように机に並べる。


 取り出しましたるは一枚のシャツ。台所の物音を聞きながら、彼女は小さな指あてを嵌め、苦戦しながらもぺろりと一舐めして縫い針に糸を通した。


「ぬぅ……」


 化生は不満気に眉を顰めたが、ため息一つで振り払い、服に針を通しはじめた。男の白シャツのほつれを繕うのだ。


 彼女がそのほつれに気付いたのは彼の帰宅後直ぐの事で、


「そのままでは見栄えが悪かろ、さあ脱げやれ脱げ、繕うてやるから」

「いや、寒いですし、食事の後でよいのでは……」


 という他愛もない問答なんぞしつつ。結局押し切られた彼は、適当な部屋着を羽織っているが、下がスラックスの儘なので妙なアンバランスさがある。――と、


「お茶が入りましたよ」

「ん」


 茶を注いだ湯呑みを両手に持ちながら、男もまた炬燵へと脚を滑らせる。


「袖口でしたか……ありがとうございます」

「お前さんに襤褸(ぼろ)着せて外に出しとうはないからのぅ……、は、ふう」


 縫いかけの針を針山へ留め、湯呑みを取り上げ、茶を(すす)る。外見に似合わず、そして歳相応に、その所作は円熟していた。


「そうしてお茶を飲んでいると、歳相応に見えますよねぇ……」


 ふと気づくと、彼女の直ぐ後ろから声が降りてくる。寄ってきたのか、と彼女が思うや、後ろから優しく髪に触れられた。


 彼女が針を離すのを見計らっていたのだろう。彼は彼女の艷やかな黒髪を優しく揉み解し、櫛で整然と並べて流す。


「これ、針を遣っとるんじゃ、危なかろうが」


 彼が間を図っていたことに、気づかない振りをして彼を窘める少女。その表情は子を叱る親のそれに似ている。


「すみません」


 彼女が繕いをしている間、彼は後ろから彼女の髪を揉み解し、整然と()き流す。


「だからやめろと言うておるのに……、全く」


 言うと、彼女はやれやれと言った風に男を引き寄せ、炬燵に入り込んだ膝の上へと身体を滑らせる。小柄な少女の体躯だからこそ出来る芸当だが、それでも少々窮屈だ。


「本当、しょうのないヤツじゃのう……」


 きゅ、と小さく彼らの手が繋がれる。その手は直ぐに離れて、彼に抱えられるような体勢のまま、化生は針仕事を再開する。見用によっては父親の膝上でくつろぐ子供のようにも見えるが、男がそれを口にすれば化生の御髪は又乱れてしまうのだろう。

 何より、歯で以って糸を締める少女の様子はあまりにも所帯じみていた。


「ん」


 と化生が促せば、人の子が彼女の湯呑みを持ち、吹き冷ましては彼女の口元に運ぶ。その様子は二人羽織と言って差し支えない。


「お前は温かいなあ……」


 都忘れの淡い紫の花弁を飾る湯呑みに口をつけながら、若姿の老女は語りかける。己の身体に染み入る熱のように、深く。


「あなたこそ、懐炉(かいろ)のようですよ」

「子供のようだ、などと今更言うでないぞ……。ほれ、お前も飲め」


 少女は身体を捻ると、男の湯呑みを持ち上げて彼の口元に運ぶ。袖口に載せるようにして持ち上げ、ほぅ、と吐息を掛ける。そうして彼の唇に押し当て、静かに傾けるのだ。


「うまいか?」


 彼の膝に身体を載せたまま、正座して身を翻すように彼の方に向いた化生が尋ねる。


「……ええ、美味しいです」


 福寿草の華やかな黄色が満開に描かれた湯呑みは彼女の促すままに、小さく傾いていった。


「そうか、そうか」


 化生は眼を細め、静かに微笑んだ。


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