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人の時間、化生の時間  作者: 勤臣蛆虫
三章 化生と人の旅路
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三十一年目 愛し子と雛鳥

 ……愛とは、何なのでしょう?

 おば様とあの人の関係がきっとそれなのでしょうけれど、私にはまだ難しいのです。一緒に居るとなんとはなしに楽しくなって、それからぎゅうっと抱き締め合って心がぽかぽかとする、そんなあったかい関係が愛ではないのでしょうか。


 一度目覚めてからもおば様は眠りがちになって、日中でも横になる時間が多くなりました。優しいお顔ですぅすぅと眠っているおば様の顔を見ているととても嬉しくなって、私も隣で一緒にお昼寝をしてみたり。お身体のほうは少し楽になったようで、屋敷の中であれば支えを使いながらご自分で動かれているようです。霊泉が効いたのならば、それはちょっぴり誇らしいことです。


 この屋敷に着いてから、私は暇を持て余すようになりました。簡単なお手伝いなどはしますが、四六時中何かをするという事もないのです。まあ、以前のお館でも特に何かしていた訳ではないというか、夜型というか……、ま、まあ、昔の話は今はいいのです。ともあれ最近は、日課のようなものを持つようになりました。


 私は今日の分の手伝いを終えると、おひさまのよく見える場所に向かいます。屋敷の縁側はぽかぽかとしていて、ぼんやりとするには最適なのです。おば様に教えて貰った本を片手に縁側に腰掛けようとすると、庭いじりをしている彼が眼に入りました。


 おじ様とおば様の、愛し子? というやつらしいですが、私はどうにもこいつを好きになれません。生まれてから大して時も経っていないらしいのに妙に落ち着き払っている所とか、真顔のままで小難しいことばかり考えてそうな所とか……。おば様の子供だと言うけれど、なんだか蜜柑の薄皮みたいな変な壁があるみたいで、他人行儀と言うかなんというか……。


 移動しようかなぁ、と気不味さを覚えている内に向こうも此方に気付いたのか、曲げていた腰を伸ばしてぬぅ、と言葉も無く覗いてきます。流石に無視をしてこの場を離れるわけにもいかないなぁ、と観念して、特に興味も無いのに私は彼に話し掛けます。

「何をしていたのですか?」

「庭の手入れを少々。……母が目覚めた時、草花の柔らかな香りが満ちているようにと……」

「ふぅん……」


 しょうがなしに話しかけた事も分かっているでしょうに、律儀に答えが返ってきます。そんな迂遠なやり方よりも、傍にいてあげる方がよっぽど嬉しいんじゃないでしょうか。あれこれ大人振るよりも、二人の子供らしくしていればいいのに。


「……」


 興味のない返事をする私の姿は、彼にはどう映っているのでしょうか。私が眼鏡を直して眺めつ眇めつしていると、流石に居心地が悪そうに彼は身繕いをしました。


「落ち葉でも乗せているでしょうか?」

「いいえ、なーんにもありませんよ。ええ、なにも」


 つい、と顔を背けて縁側に座ります。今日もおひさまは暖かくて、それはこの姿を持ってから特に感じる心地よい気分。押し花のしおりを目印に本を開いて続きを読み始めると、彼も諦めたのか手入れを再開します。

 一杯の花々と一杯の木々。花の名前は分かりませんが、心の落ち着く香りが漂ってきます。彼がおば様の為に育てているだけあって、控え目ながらも色々と考えられているのでしょう。……以前それぞれの名前を聞いた事がありましたが、呪文のように続くのに辟易してしまいました。いい匂いがして綺麗ならそれでいいと思うのです、名前なんて知らなくったって花は楽しめます。

 読んでいる本はちょうど佳境で、蜘蛛のお姫様が助けてくれた男に正体を見られてしまい、もう一緒に暮らすことは出来ないと家から立ち去ってしまう所でした。愛する人と一緒に居られないのはなんて悲しいのでしょうか。しくしくと泣き声だけを残して姿を消すお姫様を、男の人は追い掛けます。

 野を駆け山を越え、時には野党やお姫様を守る大蛇などとも闘います。只の人間だった男の人は困難にぶつかる度に挫けそうになりますが、お姫様にもう一度逢いたいという想いで勇気を振り絞ります。度重なる難儀を乗り越える内に男の人は段々と人間離れした力を持つようになり、大きな山を一歩で飛び越え、草木と言葉を交わす事ができるようになります。そうしてようやく彼女の住む場所を知って……と、良い所で、また彼が私に声を掛けてきました。


 チラチラと其方に視線を向けていたからでしょうか、彼はまた此方に向き直ると近付いてきます。私は無視するように本に齧り付く素振りをしてみましたが、そんなこと気にしないといった風に彼は上から言葉を浴びせかけます。


「……良ければ、一緒にどうですか?」

「花の名前はごめんですよ、どれがどれなんて分かりません」

「いえ……それとは違います。あちらは作物用の畑ですよ」


***


「ふむ……」

「如何でしょうか。今はまだ少し若いのですが……」


 彼に促されるままに突っ掛けを履いて奥へ行ってみると、先の花々とは違って何やら実をつけた木がちらほらと生えていました。此方に来てから見たことがなかったけれど、こんなものもあったのですね。


「……あれは、柿ですか?」

「ええ、縁のある方に分けて頂いたそうで、昨年からようやく結実が始まった所です。中々上手くはいきませんが、少しずつ、実りをつけるでしょうね……」


 何時もより少しだけ嬉しそうに語り始める彼を尻目に、私はまだ若い柿の木を観察します。枝先に着いている実は青く小さくて、まだ食べるのには早いのでしょう。


「これはおば様のために?」

「……私は受け継いだだけですよ。手入れをするのは、今の母では少し難儀ですから」


 笑うこともなく何時ものように答える彼の顔が少し寂しそうに見えるのは、私の気のせいではないのでしょう。親の具合が悪くなって心配しない子供はいない、それは当然のことなのでしょうが、私はどうにもその辺りを見落としていたようです。遠回りで、言葉少なで、表情に乏しくて……妙に大人びて見える彼だって、おじ様とおば様の子供なのですから。


「……干し柿を」

「はい?」

「あちらで、おば様と干し柿を食べました。自然の果物が好きだと言っておられました。昔からの甘みが嬉しくて、とても落ち着く、と」

「そうですか……」


 少しだけ、彼に優しくして上げても良いかと、そう思いました。今日の日記はこれでおしまい。

子供らしい、ほんの少しの嫉妬。

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