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人の時間、化生の時間  作者: 勤臣蛆虫
一章 化生と人
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十年目 太陽と大福餅

 うだるような酷暑が続いている。木陰に休む鳥たちもこの熱は応えるものと見え、虻や、蜉蝣が飛び回って居るというのに彼らは見向きもしない。さて、そんな中、かの化生の屋敷はどのようになっておるかと申しますと……


「ほぉれもっと腰を入れんか」


「分かっては居るのですが、よいしょ、と、中々、いよっ、身体に堪えるものが、っとと」


「なんじゃい情けないのう……、ほれ、これ位出来んでなんとする、ほれ、こんなでは良い餅ができんぞ」


 ぺったん、ピシャリ、ぺったん、ピシャリと、テンポ合わせて餅をつく。


 男と少女が、この暑い中で餅つきをしている。それも今時の機械式ではなく臼と杵だ。この夏中では少々堪える程度のものではないだろうに、男は大汗を流しつつもえいこらしょと杵を振り上げ続ける。

 対する少女は男を叱咤しつつも餅を返す合の手は忘れておらず、即妙の間合いで餅を混ぜ、水を打ち、小さな手で以て器用に臼の中身を管理している。その様は外身の未成熟に似合わぬほど手馴れている。襷掛けをして餅を捏ね回す少女姿のそれが何者なのか、我々は知っている、彼女が人の理に収まらぬ化生である事を。


 そも、人智の及ばぬ生き物でなければ、このような季節に餅を作ろうなどとは考えぬであろう。


「大福餅が食いとうなった」


 唯、化生はそう思っただけだ。もっちりとして甘みを帯び搗きたての餅、しっとりと甘味の染みて、良く慣らされた餡。それらを口に入れ、歯先を押し当て、甘露を期待させる白い弾力を彼女は味わいたいと、そう思っただけだ。


 が、それを聴いて曖昧に流すことのできない人の子が、彼女の傍らに居る。


「臼と杵くらいはありますが、お餅を作る程のもち米は備蓄がありませんよ」


 食後の食器を片付けながら男は冷静にそう返す。勿論彼としても化生の意向は叶えてやりたくあるのだが、物が無いのではどうしようもない。明日にでも少し、買って来ようかと男が思案していると、


「儂が何なのか、忘れておるようじゃの」


 さぞ不満気な顔をしているであろう化生からの、ほくそ笑みのような言葉に男は振り返る。見ればやはり、その通りの顔で化生は笑っており、彼女の背後には後光のように、ばさりと、黄金色の……稲穂が……


「この程度、造作もないのう……」


 呵呵と笑う化生を見つめ、仕方のない御人だと、男は呆れつつも静かに微笑んだ。化生が力を行使する機会など無いほうが良いのは確かだが、けれども彼女の言うとおり、一切封じて押し込めておく事もまた良くは無いと学んでいる。ただ、おせっかいのような気遣いと不安が失せることはない。


 とまれ、備蓄の小豆を砂糖、塩と共に茹で潰して餡に変えて後、釜で茹で上げたもち米とうるち米を混ぜあわせて臼に下ろした。せいろに敷いた蒸し用のタオルにアチチと声を出しながら、開かれた布の下に立ち並ぶ一粒々々のなんと美しく光り輝くことか。

 そうして四苦八苦しつつも、男がどうにか餅搗き終える。


「よかろ、ほれ、移すぞ」


 充分についた餅は粉を打った木板やら盥の上に移す。ずぬ、と重く湿った音を立てて転がるそれは、既に一つの大きな餅になっているのだ。その端から絞るようにして一つ、小餅の大きさを手で包んで千切る。


 よくよく小餅を広げたならば、鍋に溜めた餡を一掬い。円を描くように皮を伸ばしながら餡が隠れるよう巻きつけて出来上がり。物によっては餅の中に黒豆を加えても良い。独特な香と交わる餡餅の豊かな薫りが食欲を刺激するだろう。


「どれどれ、一つ味もみておこうかの」


「ああもう、そんなに楽しみだったんですか、大福」


  指に付いた片栗の粉をぺろりと舐め取りつつ、出来立ての大福餅を口にする化生。男は少々呆れ顔になりつつも、嬉しさの見える顔をしている。


「年寄りは餡子が好きなものじゃよ。あの甘露を初めて口にした時と言ったら、そうそう忘れられんよ」


 ほろほろと崩れた顔のまま語る、喜色濃い少女を眺めつつ、半ば呆れながらも男は作業に戻る。


「やれやれ……どうにか終わりましたね。随分と疲れました」


 額に流れ出る汗を拭いながら男がそう呟くと、何を言うとる、まだ半分じゃろと化生の判決文。被告人は絶望的な顔をして少女を見やる。


「次は(よもぎ)大福じゃ。まだまだ、もう一回、の?」


 小首を傾げてあどけなく笑う化生の姿は、玩具をねだる童女のそれに近いが、勿論本質はそのように可愛げのある幼さではない。ねだるとは“強請る”と書く。それはまた、“ゆする”とも読むのだ。


「んむ、うまい。妾は満足であるぞよ」


「それはよう御座いましたね姫様、全く……今日は随分と難儀でしたよ」


 己の役割を果たした男はぐったりと寝転んでいる。化生は冗談めかしながらも彼の労苦をねぎらうつもりか、器から一つ取って彼に向ける。


「まあそう言うでない。ほれ、うまいぞぉ」


 つと差し出された大福へと、曖昧に口をつける男の様子を見ながら化生は笑う。空いた手で膝上に乗る男の頭を撫でつつ、彼に差し出していた大福を持ち上げ、彼の噛み後をなぞるように舐る。


「美味しいですか?」

「応とも。甘いのう、美味いのう」


「ううむ、それにしても、少々作り過ぎましたかね」


 こんもりと更に盛られた大福の山。流石に二人では一日二日で食べ切るような量ではない。


「なに、残るなら何処かに分け与えれば良かろ。誰か呼び集めても良いかの。何にせよまた明日、じゃ」


 ほう、と餅にも劣らぬ柔肌より、喜色を顕して化生は眼を細める。長閑な一時、男は下から見上げ、彼女の横顔を撫でる。くすぐったそうに、心地よさそうに化生は瞼を下ろす。


「食べきれない分は、またあした」

「そうじゃな、また明日」


 明日を願いつつ、2人で手を合わせる。


「ご苦労様、馳走になったの」

「ご馳走様でした」

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