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1-5

「それは宇宙人じゃないの?」

「やっぱりそう思うか?」

「そうとしか思えないんじゃないの? 普通に考えてありえないでしょ、目を閉じた時には跡形もなく消えていたなんて、それはおかしいでしょう」

「まぁな……」

 渋々自分の目の前で起きたことを飲み込めていない晃人は、苦い薬を飲むようにテーブルに置かれたレモンティーを口に含む。今更ながら、ホットを頼んでいても良かったんじゃないかと少々後悔をしていたのだが、頭が冷えてちょうど良いのかもしれないと、なるべくポジティブに考えるようにしていた。

 コップをそっとテーブルに置く。

 水滴がコップの側面を伝い、テーブルを濡らす。

 そのコップの側面には、晃人の向かい側に座った女性が写っていた。

「しかし、まさか私を呼ぶとはね。どうやら晃人はようやく私を狙ってくれるようになったわけなんだね」

「そうじゃねぇ」

 やはりホットにしなくて良かったとそう思えるように晃人はなった。ちょうど頭を冷やすには良いものが近くにあってくれて助かる。

「あのね、晃人。あなたはわかっていないのかもしれないけど、もうだいぶ待っているんだけど、私」

「何を待っているんだよ。桜花に返事するようなことなんて何にもないだろ」

「あら、誰があなたの言葉を待っているなんて言ったの?」

「……」

 晃人は口を閉ざす。

 目の前に座る女性相手には、やはり何年経ったとしても適うことがないという現実を突きつけられる。わかっていたことだ。わざわざ自分から彼女を呼ぶなんてことを考えたのが間違いだったことを悔やむ。

「嘘よ。ごめんごめん」

 謝りながらウインクする彼女を直視出来なく、晃人は窓から見える景色を眺める。

 どうやら今日一日は、雲はもう空を覆い尽くすことはなさそうだ。

 雲が流れてゆく。

 日も傾き始めて、空に浮かぶ雲は赤く染まる。

 そして、その窓にも目の前にいる彼女が映りこむ。ガラスに映る彼女が晃人を見つめているように見えて、晃人はまたもや、目の行き場に困る。

「もうちょっと晃人は、女の子に対して免疫を持ったほうがいいかもね。明日から高校も始まるわけだし、女の子と接せられるようにしないといつまでも経っても恋人なんてできないよ? あ、私がいるから良いのか?」

「だから違うだろうが」

 晃人の呆れた顔を楽しむように覗き込む彼女は、フォークを巧みに使い、ケーキを倒すことなく、半分程度を食べ終えていた。唇の端にクリームが付いていることに気づいているのだろうけど、晃人が指摘するまで彼女は色めかしく舌でそっと舐める。

 須賀原桜花。

 それが彼女の名前だ。

 茶色がかった髪をなびかせ、ケーキを食べ終えると彼女はテーブルに用意されているナプキンで口元を拭く。

「さて、本題に入りましょうか。いつまでも私はあなたと過ごす時間なんてないんだからね。ちゃっちゃと終わりにしましょうか」

指を組んで、顎に当てる桜花は、晃人が奢ったケーキに満足してくれたようで、真剣な口調でそう言葉にした。

 だから晃人は話し始める。

「やっぱり気になるんだ」

「何が?」

「……宇宙人なのかもしれない。不思議に思うようなことはいくつでもあった。だけど、宇宙人じゃないような気がするんだ」

 昼前のあの雨上がりの出来事。

 晃人は気にせずにはいられなかった。

 桜花の言う、《宇宙人説》もわからなくもない。

 今日騒がれている、空に浮かぶあの円盤――未確認飛行物体が存在するならば、もしかすると晃人のいるこの大地に降り立っていてもおかしくはない。それがあの雨宿りしていた彼女であってもおかしくはないのだ。

「そうは言ってもねぇ……。宇宙人以外には考えづらいよ。晃人が言う怪しい証拠はどれも、宇宙人以外にできると思っているの?」

「それは……思えない」

「自分がしゃべっている言語がなんなのか、わかっていなかった。それに最初に晃人に通じているのか、確認もとった……」

 一度ため息をついてから、話を続ける。

「それってやっぱり、人間とコンタクトをとっていた、と表現してもおかしくはないでしょ?」

 そのことに否定できない晃人。

「でも、空に飛んでいった、となると幽霊でも間違いじゃないのかな? それくらいなら、幽霊にも出来るかもしれないね」

「だけど、なんだか幽霊、とは……」

 いや、よくよく考えてみると幽霊と考えてもおかしくはないような点があったこと晃人はを思い出す。

 あの場にいた彼女はどう見ても幽霊と間違えてしまうような雰囲気を漂わせていたのだし、空へと飛んでいく彼女はだんだんと姿を透かせていったようにも見えた。

「で、一体あの子は何者なんだ?」

「それは幽霊か、それとも宇宙人か、ってこと?」

 ストローでコップ内の液体を吸い込みながら、桜花は晃人を見る。

「そうじゃない」

「それ以外に何が考えられるの?」

 桜花は「違う?」と問う。

「だってね、晃人からの情報だとそう言う答えしか出てこないんだよ。もし仮に、君がまだ何か違う情報を持っていれば、私は晃人にまた違う答えを提示できるの。それもあなたが考えもつかないような、そんな予測だって与えることができる」

 でもね、と彼女はコップをテーブルに置いて、続ける。

「今のままなら、私はあなたにそこまでのモノしか与えることができない」

 晃人はそれを聞いて確信する。

「知ってるな?」

「何を?」

「あの子の正体」

「えぇ、知っているよ」

 あっさりと桜花からの告白をされても、晃人は驚かない。

 知っているのだ。彼女――須賀原桜花が知らないことなど、ないということを。

「私は君たちが一分間に一つのことを理解しているとする。でも私は、それを何億倍もの数を一分間で知ることができる」

 桜花は自分の頭に細く、白い人差し指で指す。

「だから晃人がいったい何を知りたいのか、そしてその答えも私はこの頭の中にすでに入っているの。何もかも」

「あぁ、知っている」

 晃人はレモンティーを一気に飲み干し、

「知っているよ。だから頼りに来た」

「それは無理だね」

 即座に桜花は晃人の頼みを受けるのを拒否する。

「あなたはまだ、彼女に手が届くところにはいない。ましてや、彼女は宙を舞っている。晃人も含めて 私たちは大地に縛られた民だ。彼女に手を伸ばしたところで、ただ空を仰ぐことしかできないよ」

「なら、俺は空を飛べばいいのか?」

「いいや、それだけじゃない」

「いい?」と桜花は晃人を睨む。

「あなたは自分をほかの人間とは違っている、そう思ってる。だけどね、それはたった少しの違いだけなんだよ。たとえ晃人が空を飛べたからといって、あなたが彼女がこちらを振り向くことなんてしない」

「じゃあ、どうすれば」

 良いんだ、と晃人が言い続けようとするが、桜花はそれを制す。

「あなたはまず、このことについて――知らなくてもいいんじゃないの?」

 そんなことはない、と口からはそう言葉になって発することはなかった。

「たまたま偶然、不思議な少女に出会い、そしてその子はワケアリのようで、そして超常現象を起こして立ち去った」

 桜花はこちらに指を指して、

「だから何なの? 不思議だったね、ハイ終わり。それだけでいいじゃない。晃人はなんにも知ることなく、その日以来彼女に会うこともなく、普通にまた日常を過ごしていけばそれで良かった、ってなるんじゃないの?」

 それはもっとものことで、晃人はなんにも言葉を返すことができない。

 だが、そんな晃人を向かいに座る桜花は笑みを浮かべて、言葉を告げる。

「あなたから知ろうとしなくていいんだよ、世界はちゃんとあなたのところでも回っているから」

 そう言って桜花は喫茶店から出て行った。

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