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3-7

段落ごとに空白がありませんが、気にしないでください。そのうち変えますので。

「葵さん?」

晃人は入学早々試験を受けさせられ、終わった後生徒会室へとすぐさま向かった。本当はこんな試験を受けていないで早人を探して見つけなれければ、この世界が崩壊してしまうのだ。悠長に学校で暇つぶしていないで、家に一度帰ろうと葵を迎えに来たのはいいが、当の本人がどこかへ歩いて行ってしまったらしい。

だから晃人は走った。

まずは校舎内から。

すれ違う人から葵について何か話していないか、耳を研ぎ澄ましながら校内を走ったが、葵を見つけることは出来なかった。

もしかすると、戻ってくるかもしれないと思って、生徒会室に手紙を置いて、学校を出て駅周辺を捜索した。

それでも見つかることはなく、太陽は沈みかけていた。

「どこ行ったんだよ! クソッ!」

これじゃあ、早人を探せない。

自分だけで探してもいいのかもしれない。葵はもしもの場合なら空を飛んで晃人の家に向かうことだってできる。いや、そうしているかもしれない。だから晃人は家にいるであろう剣に電話をかけたが、居候娘のことでとやかく言われたが、まだ戻っていないとそう告げられてしまう。

晃人は完全に戸惑っていた。

探す当てなど尽きていた。どこを探しても葵の姿を見ることは出来なかった。

だから晃人は一度高校へ戻った。

一番可能性のある場所へ。

もうそこにしか希望はなかった。

「……葵さん?」

生徒会室のドアを開ければ、奥の会長椅子に誰かが座っているのがわかった。

だが、カーテンで完全に光をシャットダウンしているため、中にいる人間がいったい誰なのかわからなかった。

晃人は奥まで歩み寄る。

そんなとき、椅子が回転し、座っている人物が晃人に顔を見せる。

「なんだよ、桜花か……」

一気に崩れ落ちた。

ほんの少しの期待すらガタガタと音をたてながら崩れ落ちる。

「なんだよ、とは酷いわね」

「それより葵さんはどこに行ったかわかるか?」

「相当焦ってるのね」

「見てわかんだろっ!」

今まで溜めていた鬱憤が破裂してしまった。

何もかも吐き出してしまう。

「どこ走っても見つからないんだよ! あいつが世界を守るために早人を一緒に探すとか言っていたくせに見つからないんだぞっ! 焦らない方がおかしいんだよっ!」

気を乱したのは一瞬だけだった。

すぐに冷静さを取り戻す。

「ごめん、一回家に帰ってそっちのほう探してみる」

そう告げて晃人は生徒会室から出ていこうとするが、「ちょっと待って」と桜花は晃人を呼び止める。

すぐこの場から去りたかったが、足を踏みとどめてしまっては、すぐにもう一歩前へ進むことは出来なかった。

「自分でもわかっているだろうけど、焦りすぎよ」

そう諭すように話す桜花は、晃人に近づいてくる。

振り返らなくても気配で感じ取ることができた。

桜花はドアノブに手をかけている晃人の手をとって、こう告げた。

「心が落ち着くところでも行きましょうか」




「おい、どこ行くんだよ……」

「屋上だよ」

晃人の嘆きなど聞くことなく、三階建ての校舎の屋上の扉の目の前まで来る。

しかし、そのドアには普通の鍵が締められているうえに、南京錠でも扉を締めていたのだ。学校側がいかに生徒を屋上に入れたくないのが、ヒシヒシと伝わってくるのだが、それでもなぜ桜花はここに来たのだろうか。これでは入ることは出来ない。

「入れないなさそうなんだけど」

「大丈夫だから」

引き返そうになる晃人を女とは思えないほどの力で引っ張って戻す。

よくよく見ると、その手には鍵が二つ。

「……どうしたんだよ、それ」

「これ? 生徒会に配られた合鍵」

「……」

無断で借りているわけではないようなので、晃人からは何も言えない。

「さて、屋上にご招待します」

そう芝居のかかった桜花は、扉を開ける。

そして光が溢れる。

この学校でこの景色を見るのは桜花の他にもいるのだろうが、晃人はその少数の人間の一人となった。

その景色は壮大だった。

夕日によって染められた海。

雲は流れ、風が晃人の横を掠めていく。

海からそう離れていない高台にこの学校は建てられているために、目の前に広がる景色は世界全てを映しているように思えた。

「なんでこの景色を生徒に見せないんだろうね。ここからじゃないと見えないんだよ。校舎全体に大きな木を植えちゃっているから、三階からでさえ、この景色を見ることはできないんだよ」

この景色に見惚れていた晃人は、桜花の声を聞いてようやく我に返った。

「晃人。どう? 心が落ち着くでしょ」

「あぁ」

それ以上のことは言わなくても桜花には伝わっただろう。

心に溜まっていたドロドロとした感情が浄化されていくように思えた。自分の心の中で湧いた感情などこの景色を見てしまえば小さい。あっという間に消えてしまう。

「私がこの学校に入った理由はね、これなんだよ」

これとはこの景色のことだ。

「私はこの景色のためだけに入った。いつまでもこの景色を見ていたからね」

「本当にそうなのか?」

人を弄ぶことが好きな女がこれだけの理由で高校を選ぶとは晃人には思えなかったのだ。

「本当にそうよ。これが全てなんだから」

「全て?」

「そう、全て」

桜花はそのままフェンスの方へと歩いていく。

「ここから見えるのが、まるで世界全てのように思えるんだよ。そんな景色はここだけだよ。山からだと海は遠すぎるし、逆に海から山を見たら山しか見えない。ここからなら、海と山の両方が見えて、その上には空がある。それに加えて人が作り上げたモノまで見える。今の世界をいつでも見続けることが出来る、そんな景色を私は欲しかったんだ」

空に、海に、大地。

それら全てを確かに網羅されていた。

だが――。

「ここからの景色は確かにすごいし、綺麗だけど――世界の全てじゃない」

晃人は桜花を否定する。

「世界にはいろんな景色があるはずだ。桜花が見たことのない景色だっていっぱいあるはずだ。これだけが世界の全てというのは、間違いだと思う」

「そうだね」

桜花は晃人の方を振り向く。

「私が見たことのない景色はあるはずだけどね。だけど、世界はこれで十分だよ。これだけで十分なんだよ」

桜花は手招きをする。

そこには随分と雨風にさらされていたことがわかるほどのベンチが置かれていた。

この景色には、似合うことのない寂れた木製のベンチ。

それに晃人は気づかなかった。

見えていなかったのだ。

「今、晃人が思ったこと。それを大切にしておいて」

桜花はそのベンチに座る。

座ってしまえばスカートが汚れるはずなのに、桜花は躊躇わずそこに座ってしまう。それほど横に長くないため、一人で座るに十分なスペースの取れるベンチの端に桜花は座った。

仕方なく晃人は、窮屈なスペースに収まる。

「この世界は醜い」

桜花はどこから取り出したかわからないが、一枚の折り紙を膝元に置く。そして丁寧に何かを織り出す。

「この景色はちょうどいいバランスなんだよね」

「……建物は邪魔じゃないのか」

「いいえ、邪魔なわけないじゃない。街は私たちが生きていくために必要なモノだよ。だから私はこの景色にあって良いと思うんだ」

「……」

納得の出来ない晃人は、ただ黙ることしか出来なかった。

「晃人の言う通り元々街はないものだからね。いらないと思うのは当然の心理なんだよ。だけど、良いモノばかり見ているわけにはいかなんだよ。悪いモノもいてこそ世界なんだから。この景色はうまく調和が取れているんだよ」

桜花は一度手を止め、海を見つめる。

その手には鶴が織られていた。

「ある日突然、私たちは生まれた。母なる海の中にひっそりと。ただ漂うだけの毎日。そして、私たちはいつしか、母なる海から大地を踏みしめて歩き出すようになる」

桜花は手で自分の足を叩く。

「私たちはその時、その場所でそれに合ったモノを生み出した。そして私たちの住みやすいように世界を変えていった。なのに、私たちは、この世界だけでは不十分だと思い始めた。世界は永遠ではない。限りがあると知ったからだ。海で縛られ、大地に縛られ、それでも、いつでも私たちは外へ、外へ向かったんだ」

桜花はそう言うと立ち上げる。

桜花の手には、いつの間にか鶴ではなく、同じ紙から作ったのだろう、紙ヒーコキを手にしていた。

「そして最終的にはどこまで行くんだろうね。いや、行けるんだろうね」

桜花は振り返り、晃人を覗き込むため体を前に出す。

「空に手を伸ばすことは簡単だよ」

目の奥。

桜花の瞳の奥には――晃人が映っていた。

「だけど、空を掴むのには、まだまだ遠いよ」

「……何が言いたいんだ」

晃人は立ち上がって低く唸った。

桜花はそれを予見していたかのように、上手く避ける。

「私からは言わないわ。言えないよ」

「いつもそうだ。俺を見下して――」

「そうじゃないよ。晃人をからかってるんじゃないんだよ」

桜花は当たり前の事実を告げる。

「この世界には叶うことのないことだっていっぱいあるの。それがこの世界の真理なのよ」

「俺には届かない――そう言いたいのか?」

晃人の言った言葉を桜花は否定しない。

ただ目を見続けるだけ。

時が流れる。

静かに屋上に風が吹く。

「なら……」

晃人は喉を震わせる。

「じゃあ、いったい何のために――俺の翼はあるんだよ……」

そう呟く晃人を桜花はただ見ていた。

声などかけることなく。

手に持っていた紙ヒコーキを夕日に向けて飛ばす。

初めは高く高度を保っていたが、風に乗ることなく、そのままゆっくりと地面へと落ちていく。

それを最後まで見守ることなく、桜花は校舎へと戻っていった。



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