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すっかり忘れていたことだが、晃人には高校生活がある。
「そんな……」
葵はそれを聞いて落ち込んでしまう。期待させてしまったことについて、晃人は「ごめん」と言って謝る。
「そんなに遅くなることはないと思うけど」
「その間私はどうしてればいいんでしょうか」
困った顔を見せる葵。
晃人は学校があることを伝える前に葵からあることを言われていた。
「《人柱》?」
「二つの世界はお互い協力して安定させている、とそう昨日説明しましたよね」
「そんなこと言ってたな」
「安定に保つには――二つの世界がある一定の距離を保つ必要があります。近すぎてもダメですし、離れすぎてしまっても届かなくなってしまいますからね。それを担っているのが――この柱なんです」
葵は昨日説明に使っていた紙を取り出して、書き込む。
真ん中に引かれた線に垂直で交差するように長方形が描かれる。
「この柱が二つの世界を繋いでいます。普段私たちが目にすることはできません。でも、柱自身が危険を察知した時に、空から鐘が鳴り響くんです」
「それって昨日も――」
「晃人さんは聞くことができるんですね。この鐘を聞けない人は大勢いますから」
晃人は《佐久間》の名前を持っていたのだ、音を聞くことくらいは出来るのかもしれない、と葵は思った。
「この鐘がなるということは、柱が危険な状態なんです。柱が危険な状態と言ったらどんなことを考えますか?」
「……支えられなくなっているのか?」
「そうです。今現在――柱が折れそうになっているんです」
葵は柱の中心にヒビが入ったように描く。
「でも待ってくれ」
晃人はなんとなく気になっていたことを言葉にする。
「柱が一本折れるだけでそんなに世界が危機的状態になるっていうのか? 柱が何本もあるんだろうから」
「柱は一本しかありません」
「いや、一本じゃ支えること自体無理だろ。四角い箱で考えろよ。四ヶ所で支えているんだ。真ん中一つだけじゃバランスが悪い」
「いいえ、一本で十分なんです」
葵はきっぱりと否定する。
「この柱は絶大な力を持っています。それが何本もあっても仕方ないんです。お互いを干渉し合ってしまい、崩れる危険性があるので。それに完全に支えなくていいんです。天と地がある程度の位置にいるだけで、それぞれの世界に良い影響を与えてくれますから」
晃人はあまりそれには納得がいかなかった。
一旦話を切り替える。
「もし、柱が折れたらどうなるんだ?」
「今まで折れたことがありませんから、いったいどうなるか私にもわかりません。だけど、この世界がこのままの状態を維持することはできないということは、確実にわかっていることです」
「じゃあ、どうやってその柱を修復するんだ? まるごと変えるのか」
「――命を捧げるんです」
葵は平然とそう答えた。まるで当然かのように。
それには、晃人は口から言葉が出てこなかった。
「私が早人さんを探しているのは、彼が《人柱》だからなんです。彼がいなければ柱を、両世界を守ることはできません」
「……早人の命を使う、のか?」
「私と早人さんの命を使ってこの世界を守るんです。それが私たち――《人柱》の使命なんですから」
そうやって平然と放った葵の言葉が晃人を押しつぶしそうになる。
彼女は覚悟しているのだ。
だから笑っていられるのだ。
それに気付いた晃人は、考えを改めた。
できる限りのことをやろう、と。そう決心した。
まず晃人がとった行動は、翔馬に電話をすることだった。
翔馬が早人に合ったということが事実なら、何かしらの情報を持っている、とそう思ったのだ。
だが、翔馬が知っていることはほとんどなく、この家に向かっているのは確かだ、という証拠もない言葉を信じるしかなかった。
「早人が何しに帰ってくるかなんだよな……」
葵がここにいることを知っているのだろうか。早人に連絡を入れることが出来ないため、誰かが伝えなければ、葵がいることなど知るはずがないのだ。今のところ早人に伝えることができたとも思われるのは翔馬だけだったが、翔馬がこの世界のことを知っているとは思えない。翔馬は白となる。だから早人がここに帰ってくる理由がわからなかった。
「私が晃人さんについて行くことは出来ませんか?」
どうやら家に一人でいることは避けたいらしい。人の家に赤の他人がいるのも、それはそれでおかしい。
「でも、その足で学校まで来てもらっても……」
移動する際、葵は宙を浮いて動かなければならない。それそ公共の目に触れさせることを、晃人は回避したかったのだ。なら、空から学校へ向かう、という手も考えたが、学校に入ったとしても制服を着なければ、生徒に紛れることなどできない。どこかに隠れる場所でもあるのだろうけど、まだ晃人は校舎内全てを覚えたわけではない。そんな状態で葵を匿うことなどできない。
「仕方ないけど諦めてくれ。ここで大人しく早人を待つしかないよ」
「うぅ……」
悔しさがにじみ出ていたが、晃人は何もできない。
「剣がもうそろそろ帰ってくるだろうから、何かあったら――」
「ご、ご家族と二人だけですか!? ちょ、ちょっとそれは嫌です!」
顔を赤らめて必死にそう叫ぶ葵。
「はぁ……」
あまり頼りたくはなかった、とそう思ったが仕方ない。
晃人は渋々ある人物に電話をかけた。