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3-2

まぶたをゆっくりと開ける。

暗闇で染められた空が窓からは見ることができ、葵はベッドから起き上がる。

少し大きめのパジャマのせいで、足元の裾が床についてしまう。まくりあげると、自分の足が見えてしまい、葵は朝から嫌な気分になってしまう。

確かに足はつま先まである。

しかし、その足は地面を踏みたくないのか、晃人のように足が地面に付いたとしても体を支えることができない。この世界の住人のように、大地に足をつけ、走り回ることも、歩くことさえ葵には出来ない。

「……」

仕方のないことだと、思っていた。

この足は空を飛ぶために、この世界の住人とは違う形へと進化した結果なのだ。土を踏むためのものではない。

それでも、いつからかこの足で立ちたいと思うようになっていた。

だから、この世界に入ることを許された時、心の中で喜んでいたのだ。そんな喜んでいるほど状況が良いわけではないのにもかかわらず。

未だに《早人》の居場所を掴めていない。

徐々にだが、早人に繋がる紐を手繰り寄せ始めている感触はあるのだが、それが果たして、ちゃんと早人に繋がっているのか、気になるところであるが、今の葵には晃人に頼るしか他なかった。

この世界の鍵を握っているのは、自分ではなくて、晃人なのだ。

そう考えを改めた方が良いのかもしれない。最後は確かに葵と早人が行わなければならないが、そこまで到達するには、晃人の力なしでは無理な話だろう。

まだ希望は残っている。

二年前、葵にこの世界での情報が流れなくなり、早人が死んだと、誰もがこの世界が終わりを迎えると、そう考えざるおえなかった。

それでも、なんとしてでも世界を繋げるために、《天界》では対策が考案された。そして、その準備をすでに始めているのかもしれない。

しかし、それは最終手段なのだ。

それが実行される前に、なんとしてでも早人を探し出し、命を差し出さなければならないのだ。

葵は悩む。

早人は生きているのだろうか。生きていなければ元も子もない。自分が今こうして《地界》に降りてくることなど、する必要などなくなってしまう。

だから祈るしかないのだ。

早人が生きていることを。葵の目の前に現れてくれることを。

世界が終わる前に。

焦っていても仕方ない。

早人はこの家に向かっているような話をしていたのだ。それがいつになるかわからないが、自分が飛び回っていても意味がないのかもしれない。

だから、葵は晃人と相談してこの家にいることにした。決して風呂が気に入ったとか、ベッドの寝心地が良かったから、などとそんな理由でこの家に残る、と決めたわけではない。

葵は浮き上ある。

まだ歩くことは無理だ。

しかし、晃人と協力して歩けるようになる。

その夢が叶うことも、葵は願った。

「欲張りですね、私」

世界は終わりへと向かっている。

少しでも、その前にやっておきたいことを葵は頭の中に浮かべ始めている、と――。

ドスッ、と何かが落ちる音が耳に入り込む。

体は警戒態勢となり、葵は音のした窓の向こう側を見る。

窓から見えるのは、この家の庭だ。手入れがされているようで、芝生が綺麗に敷き詰められていた。そして肝心の騒音を作り出した方へと目を向けてみると、芝生に晃人が尻餅をついていた。

背中からは葵と変わらない真っ白な翼を生やしていた。なかなかあれほど真っ白な翼を持っている人は数少ない。《空》中探してもそう簡単に見つけることは出来ないだろう。そのため、雪のような真っ白な翼を持つ一人として、葵は誇りに思っているのだ。

しかし、葵はずっと不思議に思っていた。

晃人に、なぜあれほどの翼が生やすことができるのか。

まず、《地界》の人間が翼を生やした例はない。《天界》の人間のみの能力のはずなのだ。特権なのだ。それを持つことは天界人なのかもしれないが、晃人はそれを否定したし、大地に足を着けることが出てきているのだから、その考えはいち早く頭から排除した。しかし、それ以外で翼を生やす可能性があれば、天界人が翼を手に入れたように晃人も、自らの手で掴んだ、というのも考えられる。だが、その可能性は極めて低いだろうし、顔つきの悪い男子がそんな低い確率で選ばれるなど、葵には思えなかった。

晃人を眺めていると、また立ち上がって翼を震わせる。だんだんと振動するように動いていた翼は白鳥のように大きく広げて、空へと舞い上がる――と言っても、それほど高度を上げることなく、空中で浮遊するだけだった。

どうやら、滞空の練習をしているようだったが、それも長くは続かない。ドスッと言う痛そうな音が響き渡り、そこからはまた土埃が上がった。その時はなぜか、翼は壊れることなく、真っ白な美しい状態を維持していた。

「……」

晃人は諦めることを知らないのか、もう一度立ち上がり、今度は顔を真上に向け、そしてロケットのように急上昇を始めた。その速さは、葵ではついて行けないのではないとそう思わせるほどの速さであった。

「……っ!」

しかし、それは危険な行為であった。あれでは体に負担がかかりすぎてしまう。

そう判断した葵は、窓を開けて宙に飛び出す。

何かあってからでは遅すぎる。

まだ太陽は顔を出していないが、空は赤く焼けているため、十分に光はこの世界に溢れている。それを確認してから、葵は背中に力を入れる。

一瞬にして真っ白な翼が葵の背に現れる。

光を帯びた翼は、その瞬間から風を掴む。

そして、点になってしまった晃人を見据えて、翼で掴んだ風の塊を思いっきり大地に押し付ける。

一気に空へと舞い上がる。

周りの家などすぐに視界から消えてしまい、目に入ってくるのは街全体を囲むように連なった山々だけだ。

真上を見る。

晃人は点から次第に人の形をし始める。そして完全に服装まで見ることができたところで、違和感を覚えた。

相手との距離やどのくらいの速さで飛んでいるか、葵は自分の人生分で積み上げてきた感覚でほぼ正確に捉えることができる。だから、晃人がある一定の高さから速度が落ちているように見えて、それが間違いでないと気付いた時には、遅かった。

「あぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!」

段々と声が近づいてくる。それは葵が晃人に向けて飛んでいるということもあったが、それは晃人がこちらに向かって落ちてきていると見ても、間違いはなかった。

完全に背中から落ちている。

晃人の真上に位置していた葵は、少し横にずれて晃人を避ける。

その瞬間に二人の目は合う。

晃人は絶望を目にしているような目だったが、葵はすぐさま急降下し始める。

そして手を晃人に伸ばす。

「手を伸ばして!」

どういうわけか、落ちている晃人の方が速度的に速い。重力の影響を受けない葵は全力で翼を動かす。

晃人も葵に向けて手を伸ばす。

触れるか、触れまいか、指を掠め合うがお互いに手を掴むことはできない。

時間との勝負だった。

地面がくっきり見え始める。

このままでは、晃人が地面に叩きつけられてしまう。その前に届かせる。

「届いてっ!」

そう叫んで、葵は思いっきり体を前へ伸ばす。

晃人も体をこちらに向ける。

指先が触れ。



手が届いた思ったとき――地面に落ちた。



その場に土煙が巻き起こる。

しかし、そこからは音がしなかった。風が吹き上がる爆音が辺りに響き渡ったが、それだけで留まった。

「ふぅ……」

「うっ……!」

土煙から二人は現れる。

葵が両手で掴んでいるのは晃人の手だ。

直前で手を掴み、その場で思いっきり上へと羽ばたいたのだ。しかし、それだけではじめんに到達してしまうところだったが、晃人が直前で翼を発現し直し、完全に地面へと足を付ける前に宙へと浮かび直したのだ。

「……危機一髪でした」

「腕が抜ける……」

晃人の顔は未だに優れないのは、空から落ちただけではなさそうだった。

「でも、なんでこんな無茶を」

「……飛ぶためだよ。……それだけだ」

翼の戻った晃人は自分で揚力を生み出す。

葵は手を離して、晃人の横に並ぶ。

「あれだけ空が飛べるんでしたら、私が教えなくてもいいと思いますよ」

「だから、俺の飛び方は汚いと思ったから、頼んでんだよ。ただ飛べるだけじゃなくて翼が壊れないように飛べる方法を」

「普通は壊れないんですけどね」

「……そうなのか?」

葵は嘆息する。

だが、晃人の翼については何も言えない今の状態では、《壊れない》という前提は成り立たないのかもしれない。

「私が教えられるだけのことを教えます。それがあなたにとってどれほど役に立つか、わかりませんよ」

「それでもいい」

「そう思うでしたら、ちゃんと話を聞いてから飛ぶ練習をすればいいと思うんですが?」

「……」

それには苦い顔をする晃人。

それを見てクスッと微笑んだ葵は、眩しさを覚える。

太陽が顔を出す。

「こちらの朝日も綺麗ですね……」

終わりを迎える前にこういう景色が眺められる。

それは嬉しいことであったが、悲しくもあった。


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