3-1
ひどく真っ白な病室であった。
花瓶が置かれているくらいで、中を見回したとしても、色のあるものを見受けることなどできず、ただ目の奥まで白で染まってしまうのではないか、とベッドに寝る女性は真剣にそう思った。
カーテンが揺れる。
窓は開けられ、心地よい風が頬を撫でる。
冷え切った部屋に光が入り込む。
体を暖め、太陽が自分を生かそうとしてくれる、とそんな気持ちになった。
「紅音、具合はどうだい?」
「心配しなくても大丈夫なくらい」
「それは良かった」
ゆっくりと、静かに横にドアがスライドしたかと思えば、そこには見知った男性が立っていた。
その男性は手に持ったバスケットを目の前に出して微笑む。
柔和な顔立ちで、いつもでもにこにこ笑っている。
昔はあれほど嫌っていた顔なのに、今ではその顔を見ていると落ち着くし、自然と紅音と呼ばれた女性も笑みを浮かべることができる。そんな力を持っているように思えた。
「和樹、子供たちは?」
「二人が見ててくれてる」
「あの二人が? 翔馬はわかるけど、剣が引き受けるわけが――」
「実際には引き受けてくれなかったけど、あいつは根は真面目だからさ。翔馬と一緒に子供たちを見てくれるよ」
「なんだか心配になってくるわ」
「まぁ、そうだね」
いつでも一緒にいた四人。
それに加えて、子供たちが生まれ、さらに毎日が笑顔に溢れたものになると、みんなは思っていた。
だが、時間は刻一刻と近づきつつある。
運命の日まで。
「この運命から離れることは出来ないのかしら」
「僕たちが?」
「いいえ。私たちはもう決めたじゃない」
紅音は「そうじゃなくて」と言葉を続ける。
「あの子達も運命を背負わなくちゃいけない。どうにかしてあげられないかしら」
「僕たちでは無理だよ」
和樹はバスケットの中に入っていたりんごを器用に剥いていく。
そして、八等分した一つをフォークで刺して女に渡す。
「私たちのような人生を送ることになってしまう」
「そんなに困った人生じゃなかったはずだよ。君も僕も」
「そうだけど……。あの子達は悲劇の子どもになるわ。あの子達には両親なしで、これから人生を送ることになる。それがどうしても、罪に感じて……」
紅音はそう言うと、細くなった自分の手を胸に当てる。
胸が締められるような感覚に襲われる。
「大丈夫だよ。二人がいるんだから」
と男がそう言った時。
廊下からドタバタとこの部屋に向かって走り込んでくる音がした。
「どうすればいいんだ!?」
滑り込んだ男は片方ずつ手に赤子を抱きかかえながら、部屋にいる二人に向けてマッサな顔をしながらそう叫んだ。
「どうしたんだよ、そんなに焦って……」
「こいつら、泣かないんだよ!」
「「……はぁ?」」
不良と間違われてもおかしくない服装の男が病院内を走ったのだ、後から何か事件でも発生したのかと焦って、看護師たちが男を追いかけてきて部屋に入ってくる。
特に緊急事態が起きたわけではなさそうなので、紅音と和樹は二人して看護師たちに頭を下げる。
「で、何しに来たの、剣」
そう紅音が聞くと、不良青年はベッドまで近づき、子供をそうっと手渡す。
「泣かないんだよ」
「それは――」
「俺の顔を見ても寝てるんだよ!」
「いや、だから、それの何がいけないの?」
「俺の顔を見て泣かないんだぞ! 赤ん坊が俺の顔を見たら泣くのが当たり前なのに!」
それには呆れた。
そんなことでわざわざ病室まで自分たちの子供を抱きかかえて走ってきたのが、あまりにもおかしかった。
「別にいいじゃないか。その子達は剣を信頼しているだけじゃないかな。それくらいのことで驚かなくたっていいだろ」
「いや、だってよ……。こんな子達が俺を怖がらないなんてありえないだろ」
「そんなこと、一々気にしない」
紅音がそう言うと子供を剣と呼ばれた青年の手の元へ返す。
「僕たちがいなくなったら、その子達を見守るのは君たちだけなんだ。よろしく頼むよ」
「そう言われても、俺は何にもできねぇし」
「それでもずっと成長を見ていて欲しいんだ、僕たちが見れない分を」
「……」
そう口にすると、実感が湧いてくる。
自分たちが成すべきことを成すための覚悟を改めて固める。
「紅音」
「……なに?」
「確かに僕たちはこの子達に運命を背負うことを知りながら生まれてきてもらったんだ。罪に感じても仕方ない」
窓から夕陽が差し込む。
赤く焼けた空を眺めながらこう言った。
「だけど、この子達が僕たちのことを恨んだって構わない。僕たちの行動が親として間違っているのはわかっていたとしても、この子達が歩くための道を作らなきゃいけないんだ。それを担うのが僕たちなんだ。だからね、紅音」
そうして和樹は振り返る。
頬には一筋の涙が流れていた。
「世界を守ろう」