2
青い空。
その中に女はいた。
ゆっくりと降りる。
そして、辺りには何もない、女にしか見えない境目にたどり着く。
眼下に存在する世界を覗き込む。
自分たちとは違った文化を持つモノたちが住む世界。
それが広がっていた。
広く、果てしなく。
どこまでも続く大地。
その圧倒的な景色にを眺めながら、女は惜しむ気持ちで目をつぶる。
そして、代々伝えられてきた言葉を唱える。
「――」
すると、女の真下で水滴が落ちたかのように波紋が広がる。
それは永遠に途切れることなく。
水平線の向こうまでそれは続く。
そして――。
女の真下に《穴》が開く。
深い、暗い青だったのだが、そこから光が湧いてくる。
「ふぅ……」
女は覚悟した。
自分の使命を全うするということを。
失敗を許されることはない。
一発勝負。
重圧に耐え切らねばならない。
生まれた時から自分はこのために生まれてきたのだから。
深呼吸する。
もう戻ってくることは出来ないかもしれない。
もしもの場合でなければ、ここに来ることもないだろう。
だから、この世界の空気を味わった。
透き通っていて、ほんのり甘い。
いつも肺に満ちていたのだが、目の前の《穴》を通れば一瞬のうちに自分の体から抜けていってしまう。
しかし、もう後戻りすることはできない。
行かなければならない。
肺に満たし、女は《穴》へと飛び込む。
世界が反転する。
真っ白な世界だった。
すぐに青で染まった空を見ることができたが。
噎せる。
苦い。それが第一印象だった。
皮膚がヒリヒリし、目もシバシバしてしまい、目を変えることができず女はその場で動けなくなってしまう。自分の身にいったい何が起きているのか、女にはわからなかった。
だから、目の前に男がいることさえ、わからなかった。
「催涙ガスをばら撒いておいた。お前は少しの間それで苦しむ」
声がしたので、女はそちらを見ようとするのだが、目が開けることができず、その男の顔を見ることは出来ない。
「何で……」
女は咳き込みながらも、頭を動かしていた。
自分の他にここにいられる人間がいるのだろうか。自分の後ろから付いて来てしまったなど有り得ない。なら、目の前の男はある一つの可能性しかなかった。
「うっ――」
声がうまく出せない。喉が腫れてしまったようで男に名前を聞くことができない。
「効果は薄いから、すぐに腫れも治まる」
そう言うと、女は自分の背中に痛みが走った。
実際には、背中の肌に走ったのではなく、そこから出ている――真っ白な翼にだ。
「ぐぁっ――」
女は悲鳴に近い声が出たが、どうしようもなかった。
翼に力が入ることなく、下へ下へ、落ちていく。
「ようこそ、《陸》へ」
男はそう告げると気配が消えた。
女は初めて味わう感覚に恐怖した。
堕ちる。
何も掴むものなどなく、堕ちていく。
男はそれを見て、あざ笑う。
女が落ちていく有様はまるで、天使が大地に堕ちていくように見えた。