あの川辺で、また会おう
ある日俺は、彼女に出会った。
「あの、落としましたよ」
後ろから可愛い声が聞こえた。最初俺は、その声が俺に向けられたものだと気がつかなかった。
「あのっ!」
真後ろで叫ばれて俺は思わず振り向いた。その女の子は軽く息をきらせながら真っ直ぐに俺を見つめていた。
「これ、落としましたよ。大切な物なんじゃないんですか」
彼女が差し出した物はペアルックのキーホルダーだった。ハート型で、真ん中が抜けている。間違いなく俺の物だった。
「あ、あぁ。ありがとうございます。すみません、気付かなくて」
「いえ、お気になさらず。それでは」
女の子はフワッと笑うと方向を変えて去っていった。
正直俺は、彼女の笑顔にドキッとした。
だけど、もう彼女に会うことはない。こんな気持ちも、すぐに忘れるだろう。それに、俺は…
ハート型のキーホルダー。真ん中を持っているのは、もう彼女とは呼べなくなった人だった。
付き合いだしたのは高2の冬。一つ年上のその人は卒業間近だった。
初めてその人と話したのは高1の時。たまたま廊下で見掛けたその人は困っているようで、助けてあげたのが出会いだった。その時の、その人が“ありがとう”と言った笑顔が忘れられなかった。それからたまに、話すようになって、いつの間にか好きになっていた。
卒業式前日、俺は思い切ってその人に告白した。その人はいたずらっぽく笑うと了承してくれた。
それから一年と半年。俺は頑張ってその人と同じ大学に入り、しばらくは仲良くやっていた。
しかし、別れは突然に訪れた。
その人には、実は遠距離で付き合っている人がいたらしい。もう自然消滅したと思っていた彼が、この前唐突に姿を表したのだと。しかも、とっておきのプレゼントを持って。
だから、俺とはもう縁を切らないといけないのだと。つまり、俺は所詮会えなくなった彼の代わりだったのだ。
そう言われたのがたしか…
小一時間ほど前だったかな。
俺は女の子が渡してくれたキーホルダーを握り締めると、ある場所に向かった。
「はぁあ、久し振りに傷ついた。まさかそんな落ちが待ってるなんて、誰も予想出来ないっつの。…馬鹿だな、俺」
俺は思いっ切り手を振り上げると、目の前を静かに流れる川に、キーホルダーを投げ付けた。
川に落ちた瞬間、水が小さく音を立てる。
ポポチャン
…んん?俺は一つしか物を投げ付けてないのになぜ水の音が二つ?
俺は不思議に思って辺りを見回すと、川辺には俺ともう一人、女性らしき人がいて、その人もこちらを見…
ぇえ!!?
そ、その女性は先ほど俺にキーホルダーを渡してくれた女の子で…。
女の子はこちらに歩いて来る。その視線は完全に俺を捉えていて。
「驚きました!一日にも二回も同じ人に会うなんて。覚えてますか?私、さっき貴方にキーホルダーを渡した」
「あぁ、覚えてるよ。ヤベ、俺相当驚いてるわ」
その子はニコニコしている。い、いかん。これはまずい。
「世界は案外狭いものなのですね。貴方もこの辺に住んでいるのですか?」
俺はさり気なく川に視線をやる。
「あぁ、この近くだ。大学がこの辺で、実家からだと遠いから今一人暮らししてる」
何で俺こんな余計なこと話してんだろ。
「そうなんですか!私も大学この辺なんですよ。もしかしたら一緒だったりして」
「…確かこの辺の大学って、一つしかない気がするんだけど」
「だったら大学一緒ですね!わぁ、今まで気がつかなった」
「まぁ大学っつっても広いからな」
何だか色々まずいことになってる気が…。
「私、一年の相坂 奈央って言います。もし会ったら声かけてくださいね」
「あぁ、俺は同じく一年の河合 悠斗だ。よろしく」
この時俺は、でもまぁ大きな大学だし、学部が一緒でもなけりゃ会うことはないだろうと油断していた。
なぜ俺は彼女を警戒していたのか。それはきっと、この時点で彼女のことが気になりだしていたからだろう。
けど、今好きになってしまうと、その気持ちは本当ではない気がして怖かった。
フられたばかりで、やけになっているかもしれないからだ。
もともと惚れっぽいわけでもない俺が、初めて会って、笑顔を見ただけで好きになるなんて、そんなこと。
「そういえば君は」
「君じゃありません奈央です」
「えーと、相坂さんはどうしてこんなところに…って、どうしたの」
何だかすごい勢いで見つめられてる。俺なんかした?名字間違えてないよな。
「奈央って…奈央って呼んでくれませんか」
「…またどうして」
「み、名字が嫌いだからです!」
「え、あぁうん。分かった、だから落ち着いて、顔が近い」
俺は思わず体を反らしていた。この子、一体何者なんだ。
「すすすすみません!」
「いや、いいけど。あっそうだ、なら俺のことも名前で呼んでよ。あと同学年なんだからタメでいいよ」
「うん…えっと、そのぉー悠斗君、でしたよね」
「はいダメー!名前はあってるけど敬語になってる」
「あっ、しまった。って悠斗君こそまだ私のこと名前で呼んでない!」
「チッ、バレたか」
「これじゃ不公平だよ。はい、奈央って言って」
「なんだよそれ。ははは、小学校の授業みたい」
俺は川沿いを走り出した。
「あっダメ、逃がさないよ」
彼女も追いかけて来る。
「捕まえれるかなぁ」
「まってぇー! きゃあっ」
ズドッ
えー、まさかのこけた。
「えーと…大丈夫?」
俺は彼女に近付いて手を差し伸べた。
彼女は無言で手をとったかと思うと勢いよく立ち上がる。
「えへっ、捕まえたよ」
また彼女は笑いかけてくる。鼓動が早くなっているのは、気のせいだとは誤魔化せない。
「ん?どうかした」
彼女は手を掴んだまま問いかけてくる。
「いや、何でもない。それよりさ、なんで奈央はここに来たんだ?」
奈央の表情が少し曇ったのが分かる。手も力なく離れた。
あぁ、さっきも同じこと聞こうとしたけど、あれははぐらかしていたんだ。
「あの、嫌なら言わなくても」
「実は、ちょっと悲しいことがあって。泣きたいとか、怒りたいとか、そういう負の感情で一杯になったとき、ここに来て全部吐き出すの。ここひとけもないしさ、それにこの川が全部受け止めてくれる気がして…」
一瞬の沈黙のあと、俺は無意識に彼女の頭に手を置いた。
「あの、どうかし」
「俺も、奈央と同じだ。今日、久し振りに傷つくことがあってな、この川に思いを投げ付けてた。そしたら奈央に会って、何か色々吹っ飛んだんだけどな。奈央もあんまり悲しい顔すんな、お前には笑顔の方が似合ってるよ。俺もその方が元気になるし」
わー、俺なんて臭いセリフを…。まぁ本当のことなんだけどな。
「ふふ、悠斗君ってそんなこと言う人だったのね。そんなセリフ…アハハ」
「わ、笑うなよ!俺だって臭いセリフだって分かってるよ」
「あー照れてる。可愛いぃー!」
「うっせぇ」
「大丈夫だよ、さっきのセリフ似合ってたから」
「もうその話はいいだろ」
「ふふ、ふ…」
「たく、いつまで笑ってんだよ」
俺はそっぽを向いた。怒ったようなふりをしながら、実は笑顔にドキドキしていた。
「いつまでもー。じゃあまた明日ね」
「おう」
手を振る彼女に俺も自然と手を振り返した。
彼女は何のためらいもなくまた明日と言ったけど。また明日、会える可能性はあるのか?
あの広い大学で、本当に明日会えるのだろうか。
彼女には、会える確信があったのだろうか。
翌朝、俺は大学の必須科目の授業を受けるため、教室に向かっていた。周りを気にしているのは、昨日の彼女を探しているからだろうか。
教室につくと、俺は一番後ろ、一番端の席に座った。まだ教室に生徒は少ない。大学で新しくできた友達もまだ来ていなかった。
「あの、すみません。隣り座っていいですか?」
「はい、どうぞ…!」
俺は耳を疑った。この声は昨日聞いたばかりで、しかも会うことはないだろうと思いつつ無意識に探していた彼女のものだったから。
「へへっ、驚いた?」
彼女は俺の隣りに座るとまたあの笑顔で話しかけてくる。
「あ、あぁ。同じ学部だったんだな。今までは全然気がつかなかった」
「私も、悠斗君と同じ教室で、同じ授業を受けてたなんて知らなかったよ。でもね、今日は教室に入ってすぐ気がついた」
「えっ…」
「私もね、今悠斗君が座ってる席、よく座るの。一番目立たなくて好きなんだ」
なるほど、だからお気に入りの席に座ろうと思って様子を見たら俺がいたわけか。
「俺も、ここにはよく座るよ。一番前とか真ん中はどうも先生に見られてる気がして苦手なんだ」
「だよね!分かる分かる。一番落ち着くんだよね。まさかそんなところも一緒だったなんて、何か運命感じるかも」
「ハハハ、奈央も中々に恥ずかしいセリフ言うじゃねえか。俺のこと言えないな」
「じじ、冗談よ。ちょっとふざけただけで」
奈央は顔を真っ赤にして下を向いた。何でこんなに可愛いんだろう。
「んじゃ、これでお互い様な」
「うん、だからもう笑っちゃダメだよ」
「はいはい」
奈央はまだ顔を赤く染めている。それから一人で頷くとこちらを見た。
「あのっね、今日この授業のあと何か用事ある?」
「いや、午後にとってる授業まではしばらく暇かな」
「だったら、その…」
奈央は少しためらってから言葉を続けた。
「一緒にお昼食べない?私も午後に授業があるんだけど、一人でお昼食べるのもあれだし、今日友達は用事あるから授業終わったらすぐ帰るって言ってたし」
「あぁ、いいぜ。俺もどうせ暇だし」
奈央は嬉しそうにパッと顔を輝かせる。はぁ、そんなに可愛い顔を俺に見せるなよ。
…諦めきれなくなるだろ。話を変えなければ。
「そういえば奈央の友達、この授業受けるんだよな。一緒じゃないのか?」
「あぁそれは…。その子彼氏がいるから、必須は彼氏と受けてるの」
あれ、表情が少し堅くなったような。
「そうなんだ…。あっ、俺の友達はさ、いつも来るの遅いから、席が前の方しか開いてなくて一緒に受けれないんだよ。だから、良かったらこれから一緒に受けるか?」
あぁ、なんてことを口走ってんだ俺。奈央の悲しそうな顔見たくないからって一緒に受けようとか…俺何がしたいんだろ。
「えっ、いいの?」
「まぁ、奈央がよければ」
「もちろんだよ!凄く嬉しい」
笑顔になったのはいいけど…これからどうしようか、俺。好きになるの、止められるのか?
「もうすぐ授業だ、準備しなきゃ」
「あっそうだった。忘れてた」
間もなく、予鈴が鳴った。そして先生が入ってくる。
俺は、自分の心に問い掛けた。
今、奈央を好きになるのは本当の気持ちじゃないかもしれない。だから忘れようとした。だけど、なんでこんなに近付きたいと思ってるんだ?
奈央の笑顔が見たいと思ってるんだ?
返事は………
返ってこなかった。
授業終了のチャイムがなり先生は教室を出ていった。生徒達は一斉に伸びをする。
「やっと終わったぁ」
隣りで奈央も腕を伸ばしていた。
「奈央」
「ん?なぁに」
「あっいや…どこで昼食べる?」
俺は何も考えずに名前を呼んでしまい慌てて言葉を続けた。しかし奈央が怪しんでる様子はない。
奈央は少し考える素振りをして顔を上げた。
「やっぱり学食かな」
「ハハッ、言うと思った。じゃあ行くか」
「うん」
俺たちは片付けを済ませ学食に向かった。
「ねぇ、悠斗君は将来何になりたいの?」
学食に向かう途中、奈央はおもむろにそう聞いてきた。
「いや、まだ決まってない。奈央は?」
「私は…内緒。気が向いたら教えて上げる」
「なんだそりゃ」
「えへへ、ちょっと恥ずかしくて」
「歌手とか?」
「ち、違うよっ! ……あっ」
奈央は不意に下を向いて黙ってしまう。俺、何もしてないよな。
そう思いつつ前を見るとある男とすれ違った。いかにもチャラそうな、嫌な奴だ。
そいつとすれ違う瞬間、奈央が小さく震えていたのが分かった。奈央とそいつにどんな関係が。
「なんだ、昨日俺のことをフったかと思ったら早速別の男見つけて…。おとなしそうな顔して案外遊び人なんだな」
いきなりそいつが声を出した。多分、奈央に言っている。
「違う、そんなんじゃない。遊んでいるのは貴方で…」
「奈央、答えなくていい。行こう」
奈央は必死に反発しようとしたが今にも泣き出しそうで、俺は思わず奈央の手を引いて歩き出していた。
「大丈夫か?」
俺は奈央をつれて中庭に来ていた。食堂だと今は人が多い。泣かれでもしたら嫌でも目立つ。
なるべく人がいない所、と考えたらここが思い当たった。
「ありがとう」
「いや、俺は何も出来なかった」
「うぅん、あの人から遠ざけてくれただけで嬉しい。…悠斗君は優しいね、あんなこと聞いても何も問わないでくれるなんて」
少しだけ間を開けてから俺は口を開く。
「言いたくないなら、言わなくていい。聞いて欲しいなら、俺は聞く」
「じゃあ、聞いて」
「分かった」
奈央は大きく息をすってから話出した。
「私、昨日あの人をフったの。でもね、遊んでるとかそんなんじゃないんだよ!…私が遊ばれてたの。見ちゃったんだ、他の女の子と仲良くしてるの。それも、友達とかそんな感じじゃなくてね。私、そうと知ったらどうしようもなくなって、遊びで付き合うなんて無理だから、だから…昨日フったの。悠斗君に、キーホルダーを渡したすぐ後にね」
あぁ、あの時の笑顔は何かを必死にこらえるために、作ってた笑顔だったんだ。
奈央にそんな顔させるなんて、最低な奴だな。
「奈央、まだ時間あるよな。…行こう」
「えっ、どこに」
「行けば分かる」
俺は奈央の腕を掴むと走り出した。
「はぁはぁはぁ…ここって」
「あぁ、そうだ。俺らが2回目に会った場所だ」
今日も変わらず、川は静かに流れている。
「どうしてここに?」
「俺も奈央に話したいことがあってな。聞いてくれるか?」
「うん…」
俺は俺は芝生の上に座り込んだ。奈央も隣りに座る。
「俺もあの日、すっごく傷ついていたんだ。奈央とは似てて逆なんだけどな、一年半付き合ってた彼女にフられた。その理由もまた惨めなものでさ…遠距離で付き合ってる彼氏がいたんだとさ。その彼氏がこっちに来たもんだから俺はお祓い箱と、そういうわけらしい」
「…じゃあ、あの時のキーホルダーは」
「あぁ、わざと落としたんだ」
奈央は押し黙ってしまう。きっと悪いことをしたのだと思っているのだろう。
「奈央は何も悪くないよ。むしろあの笑顔で元気が沸いたくらいだ。それにな、あのキーホルダーは俺の傷ついた心と供にこの川の中だ」
「あの時の水音は、やっぱり悠斗君だったんだね」
「あぁ」
奈央は少しだけ口許を緩めた。辛い表情から優しい顔に変わる。
「私も、彼から貰ったペンダントを川に投げたの。そうしたら何かが変わる気がして…。今なら分かるんだ。何か、すごく変わったことが。私の中の何かが…」
「俺も変わった。けどな、今すごく戸惑ってる」
「私も」
「俺はな、キーホルダーを渡してくれた時の、奈央の笑顔にドキッとした。多分…いや、絶対にそれは恋愛感情とかそういう類いだと思う。19にもなってこんなこと言うのすっげーハズいけど…俺は奈央の笑顔に惚れたんだ。だけどな、フられたすぐ後だったし、一目惚れするタイプでもなかったから、もしかしたら本心ではないかもしれないと思って忘れようとした」
奈央は俺の話を隣りで静かに聞いてくれる。それが俺にはすごくうれしかった。
「けどな、この川でまた会って、大学でも会って…無意識に親しくなりたい、笑顔が見たいと思ってて。この川に奈央を連れて来た時には、もう諦めきれなくなってた」
奈央はクスッと笑う。けど、それは俺を馬鹿にしてるとかそういうんじゃなくて、もっと温かい笑い声だった。
「私はね、2回目にここで会った時から、忘れるつもりも、諦めるつもりもなかったよ」
…え?
それって、つまり
「私は元々優斗君のこと気になってたし」
「え…と、元々っていつから?えっ、じゃあ奈央はキーホルダー渡してくれた時すでに俺のこと知ってたの!」
「うん。私は他人には興味ないけど、ある人には興味津津だったから。必須科目で、いつも私のお気に入りの席に座ってる、物静かで優しい彼にはね」
「…い、いつから」
「一か月くらい前かな、たまたま隣りの席に座った時、私筆箱忘れちゃって。それに気付いた彼がシャーペンと消しゴム貸してくれたの。意識しだしたのはそれくらいかな」
あぁーそんなこともあったっけな。
「そしたら昨日、同じ日に二回も会うでしょ?しかも二回目はこの川。もういてもたってもいられなくて声をかけちゃったの。まぁ彼女さんがいるってことも知ってたからせめて友達になれたらなって思ってだけど」
やばい、何か俺すごく恥ずかしい。
「でも奈央には一応彼氏いたよな、またどうして俺なんか…」
「あの人とはタイミング見計らって別れるつもりだったの。遊ばれてるのは分かってたし、でも理由がないとフれないからずっと探してた」
あぁ、なるほどな。んで理由を見つけたわけか。
「ねぇ、悠斗君は今、彼女いないんだよね?」
「あぁ」
奈央はさっきと打って変わって悲しそうな、切ない顔になる。
俺は、そんな顔の奈央を見るのは嫌で……
「こんなこと、悠斗君に聞くのはおかしいと思うんだけど…。私、悠斗君のこと、友達までで諦めなくていい?私、まだ話して間もないのに優しくしてくれた悠斗君のことが…!」
抱き締めていた。
「諦めなくていい、俺も諦めないから。だからそんな顔すんな。それにな、優しくしたのは奈央だったからなんだぜ、分かってくれるよな」
「うん、うん…私悠斗君が」
「好きだ」
一瞬、奈央がフリーズする。俺は必死に笑いをこらえた。
「ちょっと、何で先に言うのよ」
「だって、こういうのは男の役目だろ?それに、奈央に先越されるのはなんか嫌だった」
「なにそれー、もし私が好きって言うつもりじゃなかったらどうしてたの?」
「だって今の流れは絶対にそうだろ」
すると奈央はいたずらっぽくほほ笑んだ。
「実は違いまーす」
「えっ、マジか」
「マジです」
「じゃあ何て言おうとしたんだ?」
「それは……大好き、だよ」
俺は唖然として、それから思いっきり笑った。
「なんだよそれ、違うって言われてマジで焦ったんだからな」
「悠斗君が先越したバツです!」
奈央はぷくぅーと頬を脹らませる。
「悪かったって、ごめんごめん」
「仕方ない、これで許してやるか」
「ハハハ、サンキュー」
すると、突然奈央が顔を近付けてきて……
ん……!
「えへへ、こっちは私が先ね」
奈央は少し頬を赤らめながら人差し指を唇にあて笑った。
俺は……自分でも顔が真っ赤になっていることが分かるくらい赤くなっていた。
奈央はそんな俺を見て大笑いする。
「笑うな!」
俺は奈央に背を向けた。赤くなったことが恥ずかしかった。
「悠斗君って案外うぶなんだね」
「違う!いきなりで驚いただけだ」
「ねぇこっち向いてよー」
「い・や・だ」
「私が悪かったから、ごめんね。仕返しにはちょっとやり過ぎちゃったと思ってる」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
俺はそろそろ赤みもひいただろうと思い振り返ると……奈央が泣いていた。
「奈央、どうしたんだよ」
「え、何が?」
「泣いてるだろ」
「……え」
奈央は目元に触れる。そして初めて気がついたのかぽつり「ほんとだ」と呟いた。
「大丈夫か?」
「分からない、嬉しいのに悲しいの」
「そうか」
俺は奈央の肩を引き寄せる。
「なら泣け、思いっきり泣くんだ。川が全部受け止めてくれるさ」
「うん。…さっきね、久し振りに心から笑えたんだよ。いつからか作り笑顔しか出来なくなって、忘れてたんだ。思い出せたのは悠斗君のお陰なんだよ」
「ありがとう。俺も奈央といて、楽しいってことを思い出せたよ」
「これから二人で色々思い出そうね」
「あぁ」
川のせせらぎが耳に心地よい。
フられた次の日に出来た彼女は、昨日別な人をフった彼女だった。
その人は俺を見てくれて、俺もその人を見ている。
初めて知った感情だった。
言葉には表せない特別な思い。
あぁ、この人と未来を作るのか。
そう感じたのだった。
川の音よ いつまでも
俺らの思い 受け止めて
新たな光 生み出さん
皆さん、お気づきになられた方もいらっしゃるかもしれはせんが、この物語のヒロイン“奈央”をどこかで見たことありませんか?
もし出会っていなかったなら、是非探してみてくださいね。