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サカイ君と魔法の薬

 シンナー所持でパクられた馬面うまづら君が執行猶予を受けて拘置所を出て来たのは、逮捕されてから二ヵ月後のことだった。久しぶりに会った馬面君は憔悴し切っていた。

  刑事にシンナーの密売人の名をゲロしてしまい、指名手配を受けて行方をくらました密売人に「時効まで逃げ切ったら、ここに戻って来て絶対オトシマエつけてやる!」と脅かされていたからだ。

  僕はなんとか元気付けてやろうと思って、公園にたむろしている黒い三賢者のもとを尋ねた。

「ヘイブラザー!何か探し物かい?必要な物はなんだい?」

「何でも願いを叶えられる、魔法の薬はありませんか?」

「残念だが、たった今、売れ切れちまったとこだ。その代わり不眠不休で遊び倒せるくらい元気が出る薬があるぜ」

「僕の求めていた物はそれだ!」

  思わず大声を上げる僕に向かって、黒い三賢者の一人が唇に指を当てて「シーッ」と制すると、公園のゴミ箱の脇の草むらから黒いセカンドバッグを慎重に取り出し、中から二センチ四方の真空パックにの包みに入った白い粉を見せた。

「耳掻き一杯分を50CCの水に溶かし、静脈注射するのが理想的だが、アルミホイルの上で炙ってストローで煙を吸ってもナイスだぜ。ワンパケ五万円に負けとくよ」

  僕が高いなと言うと、貧乏人は砂糖水でも注射してろと言わんばかりにシッシッと追い払う仕草をしたので、頭に来た僕は公園の隅の公衆電話から、地回りのヤクザに電話を掛け、事務所に連行されてゆく三賢者を見送った後、黒いセカンドバッグをかっぱらった。

  セカンドバッグには魔法の粉薬のパックが10個入っていた。

「どうだい、これだけで50万円分の価値があるんだぜ」

  真昼間、中華料理屋に呼び出した馬面君に向かって僕が得意そうに言うと、馬面君は興味の無さそうな顔でパックを一瞥して、

「俺もう、クスリやめたんだ」

  と、消え入りそうな声で答えたので、

「馬鹿なこと言うなよ、誰のために50万円も使ったと思ってんだ!」

  と、僕が思わず怒鳴り返すと、店の従業員や客がギョッとした顔でこちらを見た。

「さあ、とりあえずこれを飲んで……」

 僕は、紹興酒の燗をした物に、氷砂糖の代わりに白い粉を入れると馬面君に勧めた。馬面君は一口飲むと

「ギョホホエ~ッ!」

 と、奇声を上げ、体を激しく震わせた。見ると、彼の自慢の艶やかなボブへヤーが雷の直撃を受けたように逆立ち、頬の上から額一面に掛けて顔色が真っ青に変色している。

「大丈夫かい?馬面君」

「こ、後頭部が痺れるう~っ!脳みそが凍りついたみたいだ」

  そこにちょうど麻婆豆腐が来たので、それにも1パック分の粉を振り掛け馬面君の口へ運んでやった。

「かっ、辛い~!み、水をくれえ~」

  舌をペロンと出し、顔面を左右に振る馬面君に、僕はすかさずもう1パック分の粉を入れたジャスミン茶を渡した。これで都合15万円分の薬を使ったことになる。

「ぐもももお~っ!」

  馬面君はジャスミン茶を飲み干したとたん、口から白い泡を吹き、妙な臭いのする汗を滝のようにかき始めた。

「か、体が熱い!シャワーを浴びさせてくれ」

  馬面君は物凄い勢いで立ち上がると、入り口のドアに向かって走り出した。

「待ってくれ馬面君、ここの勘定は君が支払う約束だよ」

  薬を飲んで気が大きくなったのか、馬面君はレジに一万円札を放り投げると、

「釣りはいらねえよ」

  と叫び、白昼の街角に飛び出した。そして向かいにあったセルフのガソリンスタンドに駆け込むと、洗車機にコインを放り込み自分は白いブリーフ一丁になって、勢い良く降り注ぐ水を浴びながら緑色の回転ブラシの中へ消えた。

  洗車機は前進と後退を繰り返し、シャンプーの泡にまみれた馬面君に再び水のシャワーを浴びせ、低い音をさせて乾燥の風をしばらく送り続けてから止まった。

  洗車機は前進と後退を繰り返し、シャンプーの泡にまみれた馬面君に再び水のシャワーを浴びせ、低い音をさせて乾燥の風をしばらく送り続けてから止まった。

「フ~、サッパリした」

「馬面君、君はなんて豪快な男なんだ」

「これも魔法の薬のおかげよ。サカイ君も飲んでごらんよ」

  馬面君に勧められて5万円分の薬を飲んだ僕は、とたんに被害妄想におちいって遠くを通る救急車の音をパトカーのサイレンの音だと思い込み、馬面君を置き去りにしたまま自分のアパートに逃げ帰ると、残り30万円分の薬をトイレに流し1週間の間に僅か3時間しか眠れずに時を過ごした。

  15万円分の薬を飲んだ馬面君はどうなったかというと、胃に穴が開いて大出血を起こし、三日間苦しみ抜いた後、あっけなく死んでしまった。



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