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つれだち

掲載日:2026/11/01

 ああもう足が重い。酒を飲みすぎたか。あの村でもあまり売れなかったな、もっとも売る気もなかったが。

 夜もとっぷりと暮れた。さすがにまだ夜目は利くが、こうも足元がふらつくと転んじまう。確か、あそこに寝床があった。


 堂についたが様子がおかしい。雨戸が一枚空いている。誰かいるのか。こんな入り方、俺等はしない。どんな獣が入ってくるかもしれないし、それより熊が出たらイチコロだ。

 そっと開けてみる。

 誰かがいつの間にか置いたホトケサマの前に、何か、塊のようなものがある。目を凝らすと、厚い布?なんだ、着物か?それに誰かが包まっている。あの着物は、女か。だが塊は小さい。餓鬼か、でも何でこんなところに?

 ああ、クソ、外で過ごすか。熊が出たらどうすんだ。

 結局、まんじりともせず日の出を迎えた。



 堂のそばの木の根元に寄りかかり、少し寝ていたようだ。朝日が眩しい。目を開ける前から頭の真ん中で日を感じる。頭が痛い。クソ、飲みすぎたか。

 クラクラする頭でなんとか身を起こすと、堂の雨戸が開いた。中から女の餓鬼が見ている。怯えた表情。

 溜息をついて声をかけた。

「よぉ、おめぇ、どこからきた。なんでこんなとこにいンだ。これは俺達の寝床だぞ」

 すると、泣きそうな顔を一瞬見せたと思ったら、また堂の中に引っ込んだ。なんだってんだ。餓鬼の扱いは慣れてるんだがな。


 ガラ、と雨戸を開ける。建付けが悪く少し引掛かる。

 堂の中を見ると、ホトケサマのそばであの餓鬼が小さく蹲っている。

 顔つきは悪くないようだな。だがあまりにも餓鬼だ。売ろうにも売れない。このまま放っておくと、多分長くないな。獣に食われるか、別の奴に捕まるか。見ると碌な服も着ていない。

「おい、おめぇ、どうすンだよ、これから」

 思わず聞いてしまった。聞いてどうするんだ。

 だが餓鬼は

「あ……」

 と言うだけ。

 なんだよ、口聞けねぇのか。

 振り向いて木箱を引き上げる。中の茶はまだ多い。背負紐の調整をしていると、後ろから服を引っ張られた。

 見ると、餓鬼が服を掴んでいた。



 それからは餓鬼を連れて歩くことになった。連れて歩く、いや、餓鬼は俺に着いてきた。藪や山を歩くのには慣れていないらしく、木の根や岩の上でよく躓いていた。

 見ると下駄も草履も履いていない。裸足だった。

 なんだ、血ぃ出てるじゃねぇか。よくここまで歩いてきたな。

 顔を見ると、必死な顔をしている。

 溜息が出る。

 腰を下ろして木箱を開ける。茶ばかりだけでなく、着替えや草履の替えも入っている。

「ホラよ」

 草履を差しだすと、驚いたような顔をした後おずおずと草履を受け取り、慣れた手つきで履いていた。



「なんだよギン、女の子かよ」

 行商先の村で声をかけられた。

「着いてきてさ、困ってンだよ、あんた引き取らねぇ?」

 と答えても、笑顔が凍りついて去っていく。

 なんだよ、買わねぇのかよ。

 結局ここでもあまり売れずに村を去ることになった。この頃売り上げが低いんだよな。



 この村の外れには、地元のヤクザが開く賭場がある。夜になると盆が敷かれる。

 流石に餓鬼を連れてじゃ邪魔になる。

「いいか、俺が戻るまで、外、出るんじゃねぇぞ」

 言い聞かせて寺の倉庫に置いてきた。


 また全部スッちまったよ。あの壺振り、イカサマしてンじゃねぇのか。酒の残った頭で倉庫に向かう。

 ガラ、と戸を開く。

 中の餓鬼がビク、と体を震わせる。見ると目が赤い。顔も汚れてる。

「なんだ泣いてンのかよ」

 と手拭いを渡す。おずおずと受け取り、顔を拭いていた。



 朝になり、また歩く。

「お」

 藪だ。飯にしよう。

 ガサガサと藪をかき分ける。サラサラと水が流れる音。

 そうだ、こここそが俺達が生きる場所だ。

 腰の刃物を抜いて竹を切る。細く割り、組み上げて筌を作る。体に染み付いていて、何の苦労もない。

 ふと気配を感じた。餓鬼だ。熱心に俺の手元を見ている。こうしてるとなかなかイイ顔してるんだよな、もうちょっと大きくなったら。

「なんだよ、珍しいのかよ」

 声を掛けると、目を輝かして俺を見上げた。

 その顔を見て体が自然に後退った。

 なんだ?

 ……ふん、構わず筌を川に沈める。湾処に掛けていれば、しばらくすれば魚がかかる。それまでに火を起こそう。



 結構掛かったから、食いきれない分は燻してから持った。当分は足りるだろう。

 藪の中を川上に向かってしばらく歩く。もう少し行けば宿場のはずだ。

 少し行くと、天幕にたどり着いた。同じ一族のものだ。近くで竹を切ってる奴がいる。少し年嵩の男が俺に気が付いた。

「なんだよ、スイかよ、どうしたんだよそんな餓鬼連れてさ」

 天幕の主だ。

「着いてきてンだよ。困っちまってさ」

「ふぅん」

 天幕の主が餓鬼を見る。

「ボロだけど良い布じゃねぇか」

「手ぇ出すなよ。俺ンじゃねぇんだから」

「それよりよ、いいの持ってンじゃねぇか」

 腰に下げていた薫製だ。

 チ、と軽く舌打ちをする。

「くれよ、なかなか取れなくてよ」

 仕方なく渡す。いくら腕が良くても、結局こうして取られていく。やりきれない。こいつの腕が悪いのを、なんだって俺が被んなきゃなんねぇンだ。

 苛立ちながら先を行く。餓鬼はどこまでも着いてくる。大体何でこいつの分まで俺が面倒見ているんだ。



 やがて藪を抜けて少し歩くと街道に出た。ここなら宿もあるし賭場もある。賭け金は残った薫製を売ってもいいだろう。餓鬼連れてるから女のところには行けないのが惜しい。

「厄介になるよ」

 宿の暖簾をくぐると、あからさまに嫌な顔をして隠そうもしない。

「なンだよ、客だぜ、文句あンのかよ」

 少し凄むと渋々上げれた。餓鬼を連れて上がる。

 部屋には色々な奴が泊まっていた。祭文売りや煙管売り、按摩、傀儡廻、願人法師、瞽女、馬喰、あっちの一団は角兵衛獅子か。餓鬼もいるなら、その近くの寝床に潜りゃいいだろ。

「出てくるぜ、おめぇはここにいな」

 言って宿を出る。盆が開くまで時間がある、女のところにでもいくか。



 少し勝てて懐が暖かい。これだからやめられねぇ。

 宿に戻って部屋に着く。

 餓鬼は角兵衛獅子のそばで寝息を立てていた。こうしてるとまだ小ちぇえなあ。なんだってあの晩あんな堂になんていたんだか。


 朝、宿の出口で声をかけられる。

「ちょっとあんた、その子どうしたんだよ」

 宿の主人だ。

「ンだよ、文句あンのかよ」

「その子をどうするつまりだい」

「関係ねぇだろが、あんたンとこで引き取るってんなら別だがよ」

 そう言うと押し黙る。なんだよ、結局そうかよ。てめぇじゃ何もしねぇくせによ。餓鬼は俺の服を掴んで陰に隠れていた。


 朝になると街道は人で溢れていた。白装束、どっかの詣での固まりか。面倒だな。

「手ぇ、つなげ」

 手を出すとしっかりとしがみついてくる。

「逸れるなよ」

 そうして歩いていると、暫くして急に後ろに引っ張られた。

「なんだよ」

 振り向くと、胡乱な親爺が餓鬼を掴んでいた。咄嗟に手を引き、俺の後ろに隠す。

「なんだよおっさん、どういうつもりだ」

「アンちゃん、そいつぁいけねぇ。その女は俺の売りもンだ。返してもらわにゃあなんねぇ」

「売りものぉ?」

 その時俺は堂で怯えた顔のこいつを思い出した。ああ、こいつから逃げてたのか。

「そういうわけにゃあいかねぇ。こいつには俺は貸しがあるんだ。今おめぇに渡しちゃあ損になる」

「それはおかしいぜ、アンちゃん、元々は俺が買ったもんだ、渡して貰わなきゃ道理が通らねぇ」

「買った?いくらでだよ」

「ざっと五両ってとこかな」

「チ」

 懐から財布を出して出して地面に落とす。親爺が怯んだ隙に、こいつの手を引いて人混みに紛れる。五両には届かねぇが、構わねぇだろう。これで折角の勝ちもパァだ。クソ。


 人混みから外れて少しすると、

「あの」

 と声がする。

 振り向くと、こいつだった。喋れたのか。

「なんで……庇ってくれたの……?」

 なんて尋ねる。か細い声。もうちょっと大きかったらなぁ。

「なんでって、あの親爺に言ってたろ、おめぇにゃあ貸しがあンだよ」

「貸し、って」

「……まあいいや、それよりどうすンだよ、おめぇ。いつまでもこうしちゃあいれねぇだろ」

「……なんか、たつきを見つけたい」

 たつき……あぁ、商売か。

「おめぇ、この茶、売るか?大体一掴みで五文てとこかな。仕入れ先をおしえてやっか」



 山を越えて南に面した所に茶畑が広がる。ここの主人は、何代も前に俺らから抜けたらしい。そういう仕入れ先がいくつかある。

「スイ……なんだその子は」

 茶畑の主人が厳しい表情で見てくる。この主人はいつもそうだ。俺が何したってんだ。

「着いてきてさ、たつきを持ちたいんだってよ。なんか教えてやってくンねえかな」

「……お前。」

 暫くぼうっとしたかと思うと

「……わかった。とりあえずその子をこちらに。いいか、お前たちの所にはやらないぞ、いいな」

 なんて念を押す。

 とっととズラかって山を降りた。



 この先の道を曲がると市場がある。すっかり懐が寂しくなっちまった。あそこはたしか、賭場があったな。

 また、一人で歩き始めた。

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