表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

竜と人が暮らすアステリア王国の物語

今日で冒険者を辞める俺が、最後に受けた依頼は竜の子守でした

作者: みき
掲載日:2026/08/24

 冒険者を辞めると決めた日の朝、ロイドはいつもより少し早くギルドへ行った。


 三十八歳。


 冒険者としては、もう若くない。


 剣を振ればまだ戦える。森を歩くことも、荷物を背負って山をこえることもできる。


 けれど、朝になると右ひざが痛むようになった。


 十年前に魔物の角を受けた古い傷だ。


 昔は笑ってすませていたが、最近は階段を上るだけでも重く感じる日がある。


「そろそろだな」


 何度もそう思っていた。


 そして今日、やっと決めた。


 今受けている仕事を終えたら、冒険者を辞める。


 そう言うつもりでギルドの扉を開けた。


     


「辞める?」


 受付のミアは、目を丸くした。


「ああ」


「ロイドさんが?」


「俺以外に誰がいる」


「だって昨日まで普通に仕事を探していたじゃないですか」


「昨日まで考えていたんだよ」


 ロイドは受付台の前に置かれた椅子へ座った。


 朝のギルドはまだ静かだった。壁には今日の依頼書が何枚もはられている。


 薬草集め。


 街道の護衛。


 森に出た魔物の調査。


 いつもなら、まず報酬と場所を見る。


 今日は見なかった。


「本当に辞めるんですか」


「ああ。田舎に帰る」


「ご実家に?」


「兄貴が小さな宿をやってる。前から手伝えって言われてたんだ」


 ミアは少しさびしそうな顔をした。


「十五年ですもんね」


「十六年だ」


「あ、すみません」


「長かったな」


 ロイドは笑った。


 十八歳で村を出て、二十二歳でアステリア王国の冒険者ギルドに入った。


 大きな夢があったわけではない。


 剣が少し使えた。


 村にいるより金がもらえた。


 それだけだった。


 気がつけば十六年がたっていた。


「それじゃ、手続きをしますね」


「ああ」


 ミアが書類を出そうとした、その時だった。


「待って!」


 奥からギルド長が走ってきた。


 五十をこえた大きな男で、朝から息を切らしている。


「ロイド、辞めるのは今日の夕方にしろ」


「何でだよ」


「最後に一つ頼みたい」


「嫌だ」


「まだ何も言ってないだろ!」


「最後の仕事ってのは、大体ろくな仕事じゃない」


 ロイドは何度も経験していた。


 簡単な護衛です。


 近くの森です。


 危険はありません。


 そう言われた仕事ほど、途中で何かが起こる。


「今回は本当に簡単だ」


「その言葉が一番信用できない」


「竜の子守だ」


 ロイドは黙った。


「……何だって?」


「竜の子守」


 ギルド長がもう一度言った。


     


 ギルドの裏庭に、その竜はいた。


 ロイドはしばらく何も言えなかった。


「小さいだろ?」


 ギルド長が言う。


「これを小さいと言うのか」


 たしかに、竜としては小さい。


 けれど人間と比べれば十分に大きい。


 大きさは子牛くらい。青い色のうろこに、まだ短い翼が二枚ついている。


 頭には小さな角。


 目は丸く、少し不安そうだった。


「子どもの飛竜だ。昨日、街道で見つかった」


「親は?」


「それを探している」


「だったら俺じゃなくて竜専門の人間に頼め」


「もう頼んでる。夕方には竜便局から専門の人が来る」


「じゃあ、その人が来るまで見てろって?」


「そういうことだ」


 ロイドは子竜を見た。


 子竜もロイドを見た。


 しばらく見つめ合う。


「きゅ」


 子竜が小さく鳴いた。


「……俺は子守なんてしたことないぞ」


「剣を持って森へ入るより簡単だ」


「さっきからお前は簡単って言いすぎだ」


 ギルド長はロイドの肩をたたいた。


「最後くらい平和な仕事で終われ」


 そう言って、逃げるように建物へ戻っていった。


 ロイドはため息をついた。


「……まったく」


「きゅ」


「お前もそう思うか」


 子竜は首をかしげた。


     


 最初の一時間は、本当に何も起きなかった。


 子竜は庭を歩いた。


 ロイドは椅子に座って見ていた。


 子竜が木の葉を食べようとしたので止めた。


 子竜が水おけをひっくり返したので直した。


 子竜がロイドの剣のさやをかじったので取り上げた。


「おい。それは食い物じゃない」


「きゅう」


「だめだ」


「きゅうう」


「そんな顔をしてもだめだ」


 子竜は不満そうに地面へ座った。


 ロイドは思わず笑った。


「お前、犬みたいだな」


 すると子竜は立ち上がり、ロイドの足へ頭をこすりつけた。


「やめろ。重い」


 言いながらも、ロイドはその頭をなでた。


 うろこは思ったより温かかった。


「親とはぐれたのか」


「きゅ」


「不安だよな」


 子竜は答えず、ロイドの横へ丸くなった。


 しばらくして眠ってしまった。


 その寝顔を見ながら、ロイドは十六年前のことを思い出していた。


 初めて王都へ来た日。


 右も左もわからず、ギルドの入口で立っていた。


 怖かった。


 けれど、怖いとは言えなかった。


 若かったからだ。


「俺も、こんな顔してたのかもな」


 子竜は眠ったままだった。


     


 昼すぎ。


 ミアがパンとスープを持ってきた。


「どうですか」


「今のところ平和だ」


「よかった」


「こいつ、何を食うんだ?」


「聞いたら、魚とか小さい肉なら大丈夫らしいです」


「肉か」


 ロイドは自分のパンにはさんであった焼き肉を少しちぎった。


 子竜はすぐに起きた。


「お前、寝てたんじゃないのか」


「きゅ!」


「食い物の気配だけはわかるんだな」


 肉を差し出すと、子竜は一口で食べた。


 そして、もっとほしそうにロイドを見る。


「だめだ。これは俺の昼飯だ」


「きゅ」


「だめ」


「きゅう」


「……少しだけだぞ」


 結局、ロイドの昼飯は半分になった。


 ミアは横で笑っていた。


「もう仲良しですね」


「今日だけだ」


「連れて帰ったらどうです?」


「宿にこんなのがいたら客が逃げる」


 その時だった。


 子竜が急に顔を上げた。


「ん?」


 空を見ている。


 次の瞬間、翼を広げた。


「おい」


 子竜が走り出した。


「待て!」


 ロイドが立ち上がった時には、もう庭の門をぬけていた。


「ロイドさん!」


「ギルド長を呼べ!」


 ロイドは走った。


     


 子竜は王都の通りをまっすぐ走っていった。


 人々が声を上げて道をあける。


「止まれ!」


「きゅう!」


「止まれって言ってるだろ!」


 当然、止まらない。


 右ひざが痛んだ。


 それでもロイドは追った。


 子竜は東門をぬけ、そのまま街道へ出た。


「どこへ行くつもりだ!」


 しばらく走ったところで、子竜が立ち止まった。


 空を見上げて鳴く。


「きゅうううう!」


 いつもの短い声ではなかった。


 遠くまで届くような、大きな鳴き声だった。


 ロイドも空を見る。


 雲の間に、小さな影があった。


 それはどんどん大きくなる。


「まさか……」


 飛竜だった。


 子竜より何倍も大きい。


 青い翼を大きく広げ、こちらへ向かって飛んでくる。


「親か?」


「きゅう!」


 子竜はうれしそうに鳴いた。


 ロイドはほっとした。


 これで終わりだ。


 そう思った時だった。


 大きな飛竜の飛び方がおかしいことに気づいた。


 右の翼が下がっている。


「傷ついてるのか?」


 飛竜は街道の外へ下りようとして、体勢をくずした。


 そのまま草地へ落ちる。


 大きな音がした。


「おい!」


 ロイドは走った。


 子竜も続く。


 草地に倒れた飛竜の右の翼には、長い傷があった。


 血が出ている。


「きゅう! きゅう!」


 子竜が親の顔へ近づく。


 親竜は目を開けた。


 子竜を見て、小さく鳴いた。


「生きてるな」


 ロイドは近づいた。


 親竜がうなる。


「わかってる。近づかない」


 傷を見る。


 矢でも魔物でもない。


 翼のはしに、大きな木の枝が刺さっていた。


 飛んでいる途中で何かにぶつかったのだろう。


「それを抜けばいいのか」


 親竜がまたうなる。


「俺も好きで近づくわけじゃない」


 子竜がロイドを見た。


「そんな顔するなよ」


 ロイドはため息をついた。


「今日で辞めるって決めたんだぞ」


 ゆっくり親竜へ近づく。


 うなり声が大きくなる。


「俺は敵じゃない」


 もちろん言葉が通じるかわからない。


 それでも言った。


「こいつの面倒を見てただけだ」


 子竜が親竜とロイドの間へ入った。


「きゅ」


 親竜のうなり声が止まった。


 ロイドは翼を見る。


 枝は深く刺さっている。


「痛いだろうが、少し我慢しろ」


 枝をつかんだ。


「いくぞ」


 一気に引く。


 飛竜が大きな声を上げた。


 ロイドは後ろへ転びそうになったが、枝は抜けた。


「よし!」


 傷口を布でおさえる。


 応急手当しかできない。


 だが、血は少しずつ弱くなった。


「これ以上は専門の人に任せるしかないな」


 その時、街道の向こうから馬の音が聞こえた。


 ギルド長とミア、それに数人の騎士が走ってくる。


「ロイド!」


「遅いぞ!」


 ロイドは手を上げた。


     


 夕方。


 親竜と子竜は、竜便局の人たちに連れられていった。


 傷は深くなかった。


 数日休めば、また飛べるらしい。


 子竜は最後まで親のそばから離れなかった。


 ロイドはギルドの前で、その姿を見送った。


「終わったな」


 ギルド長が横で言った。


「ああ」


「最後の仕事にしては、悪くなかっただろ?」


「十分走らされた」


「まだ走れるじゃないか」


「ひざが痛い」


 ロイドは笑った。


 ミアが一枚の紙を持ってきた。


「引退の書類です」


「ああ」


 ロイドは受け取った。


 名前を書く。


 十六年。


 長かった。


 いろいろあった。


 怖い思いもした。


 仲間を失ったこともある。


 何度も辞めようと思った。


 それでも今日まで続けた。


「これで終わりか」


 紙を返す。


「はい」


 ミアは少しさびしそうに笑った。


「ロイドさん。長い間、お疲れさまでした」


「ああ」


 その時だった。


 空から声がした。


「きゅう!」


 ロイドは顔を上げた。


 親竜の背中に乗るようにして、あの子竜がこちらを見ていた。


 まだ上手には飛べないらしい。


「きゅう!」


 もう一度鳴く。


 ロイドは手を上げた。


「元気でな!」


 子竜も翼をばたばたさせた。


 親竜はそのまま夕方の空へ飛んでいった。


 ロイドはしばらく見ていた。


 空から見えなくなるまで。


「さて」


 荷物を背負う。


「帰るか」


 冒険者ロイドの物語は、今日で終わった。


 けれど、ロイドという男の人生は終わらない。


 明日からは兄の宿で働く。


 剣の代わりに包丁を持つかもしれない。


 客の荷物を運ぶかもしれない。


 もしかしたら、空から青い竜が遊びに来る日もあるかもしれない。


 それでいい。


 冒険は、遠い山や深い森にだけあるわけではない。


 ロイドは十六年間通ったギルドに背を向け、夕日の中を歩き出した。


 そしてアステリア王国の空では、一頭の子竜が、親のとなりで小さな翼を広げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ