第七話 口が悪い男
ガルトが言った通り、三週間後にやってきた。
その日の朝、エルナは農地で麦の成長を確認していた。種を植えてから二週間。細い芽がいくつも顔を出している。予定通りの成長だ。
「エルナ様」
クルトが走ってきた。
「ドレーク辺境伯様がいらっしゃいました」
「分かりました。屋敷に通しておいてください」
「もう勝手に入っています」
エルナは農地を一通り見てから屋敷に向かった。急がなかった。
食堂に入ると、ガルトはまた椅子に座って待っていた。前回と同じ態勢だ。腕を組んで、足を組んで。ただ今回は、テーブルの上にエルナのノートが開いてあった。
「勝手に見るのはやめてください」
エルナは言った。
「置いてあったから」
「置いてあっても、人のものは確認してから見てください」
「これは数字か」
「農地の成長記録と収支の試算です。返してください」
ガルトはノートをエルナに渡した。エルナはそれを受け取り、机に置いた。
「村を見てきたか」
「今朝見てきました。麦が出ています」
「農地の南区画が増えているな」
「人が戻ってきたので」
「何人戻った」
「手紙の返事から四人、噂を聞いて来た人が五人で、合計九人です。これで農地を全部使えるようになりました」
ガルトは少し黙った。
「三週間でそこまで動いたのか」
「農具と種があったので」
「……俺は何もしていない」
「そうですね」
「差出人がなかった」
「はい。でも秋に返します」
ガルトは少し眉を動かした。まだ認めないつもりらしい。
「川の方も動いていた」
「漁師が戻ってきたので、燻製の加工を始めました。来月から王都の市場に試験的に出す予定です」
「燻製の販路はどうした」
「王都に行ったときに、食材を扱う商人に声をかけました。品質を見てもらってから取引の話をします」
「一人で王都に行ったのか」
「はい」
「令嬢が一人で商人と交渉か」
「前世で慣れていたので」
「また前世だ」
「気にしないでください」
ガルトはしばらくエルナを見た。何か言いたそうだったが、言わなかった。
「飯は食えているか」
唐突な問いだった。
「はい。村から野菜と魚をいただいているので」
「それだけか」
「十分です」
「体は大丈夫か」
「大丈夫です。なぜですか」
「……毎日外で作業しているだろう。貴族の令嬢が」
「農地と森と川を毎日回っています。慣れれば問題ありません」
ガルトはまた黙った。
エルナは少し不思議に思った。この男は、来るたびに意地悪なことを言う。でもその合間に、妙に実務的な確認をする。村の状態、食事、体の調子。
「ガルト様は、なぜそういうことを確認するんですか」
「何が」
「飯が食えているか、とか。体は大丈夫か、とか」
「領地の管理をする人間が倒れると困るからだ。隣の土地が空き地になったら、俺の領地の端が荒れる」
「そういう理由ですか」
「他に何がある」
エルナはガルトを見た。
表情は変わらない。でも目が少し逸れた。ほんの少しだけ。
「……では、報告します。体は問題ないです。食事も取れています。農地は順調で、秋には最初の収穫が見込めます。借金の返済計画も立てました。来年の春には黒字に転換できる試算です」
「試算か」
「今は試算です。でも数字は正直なので、計画通りに動けば実現します」
「計画通りにいかないことの方が多い」
「知っています。だから毎日記録を取って、ズレが出たら修正します」
ガルトはエルナのノートを見た。
「見ていいか」
「ちゃんと聞いてくれましたね」
「……さっきは置いてあったから」
「今度は聞いてくれたので、見ていいです」
エルナはノートを開いてガルトに渡した。ガルトはページをめくりながら数字を追った。しばらく黙って読んでいた。
「精度が高い」
「毎日記録しているので」
「誰に習った」
「前世で、自分でやっていました」
「前世、前世と……」
「気にしないでください、と言っています」
ガルトはノートをエルナに返した。
「もう一度来る」
「いつですか」
「収穫の頃に」
「お待ちしています」
ガルトは立ち上がった。玄関に向かいながら、振り返らずに言った。
「川の上流に、水車の跡がある。修繕すれば使えるかもしれない」
「水車ですか」
「製粉に使える。麦が取れたら、どこかに頼んで製粉しているだろう。自分の領地で出来れば、コストが下がる」
エルナはノートに書いた。
「教えてくれてありがとうございます」
「……別に、何も教えていない。ただ情報を言っただけだ」
「情報を教えてくれてありがとうございます」
ガルトは少し黙ってから、そのまま出ていった。
クルトが見送って戻ってきた。
「エルナ様、また来ますね、あの方」
「そうですね」
「嫌ですか」
「嫌ではないです。水車のことを教えてくれました」
「ガルト様、結局いろいろ教えていますよね」
「そうですね」
エルナはノートに書き込んだ。
水車、修繕の可能性あり。上流を確認する。製粉コストの削減、試算要。
口は悪いが、情報は正確だ。
前世で言えば、使いにくいが優秀な同業者、というところか。
エルナは窓の外を見た。
夕日が農地を染めている。細い麦の芽が、風に揺れていた。




