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婚約者を譲ります、領地をください  作者:


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第十三話 ガルトの領地

 ガルトから使いが来たのは、製粉の試験から三日後のことだった。


 使いの男は若い騎士で、「ドレーク辺境伯様がお越しいただきたいと申しております」と言った。


「理由は何ですか」


「詳しくは伺っておりませんが、領地の件でご相談があると」


 エルナは少し考えた。


 ガルトが相談を持ちかけてくるのは珍しい。あの男は、基本的に自分で判断して動く。それがわざわざ使いを寄越してくるということは、それなりに困っているということだ。


「分かりました。明日伺います」


 使いが帰った後、ベルクが言った。


「ドレーク辺境伯領は、ここからどれくらいですか」


「馬で一時間ほどだと聞いています」


「お一人で行かれますか」


「クルトに馬を引いてもらいます」


 ドレーク辺境伯の屋敷は、ロッテンの屋敷より二回りほど大きかった。石造りで、手入れが行き届いている。庭も広い。


 ガルトが門の前で待っていた。


「来たか」


「お呼びいただいたので」


「遠かったか」


「一時間ほどです。問題ありません」


 ガルトは屋敷の中に案内した。広い廊下を歩きながら、使用人たちがエルナを見ていた。珍しいものを見る目だ。隣領の令嬢が来るのは初めてなのだろう。


 通された部屋は執務室だった。


 机の上に書類が積まれている。エルナは書類の山を見て、少し安心した。自分の机と似た状態だ。


「座れ」


 ガルトが椅子を示した。エルナは座った。


「何のご相談ですか」


「税の徴収でトラブルがある」


「どのようなトラブルですか」


 ガルトは書類を一枚取り出してエルナに渡した。


 税の滞納記録だった。特定の村から、三年分の税が滞納されている。金額は大きくないが、積み重なっている。


「取り立てに行くと、村人が逃げる」


「逃げる?」


「税を払えと言うと、村ごとどこかに行ってしまう。今年で二度目だ」


 エルナは記録を見た。


「この村の産業は何ですか」


「炭焼きだ」


「炭の価格は、ここ三年でどう変わっていますか」


 ガルトは少し間を置いてから、別の書類を出した。炭の取引記録だ。エルナは数字を見た。


 三年前と比べて、炭の価格が三割落ちている。


「炭の需要が減ったんですか」


「隣の大きな町に新しい燃料商が入ってきて、価格が下がった」


「それで村の収益が落ちた。でも税額は変わっていない」


「……そうだ」


「払えない理由がありますね」


 ガルトは黙った。


 エルナは記録を見ながら言った。


「税額を収益に連動させていますか」


「していない。固定だ」


「それが原因です。収益が落ちているのに税額が変わらなければ、払えなくなる村が出ます。逃げるのは当然の反応です」


「だが税を下げれば、こちらの収入が減る」


「短期的にはそうです。でも村人が逃げれば、ゼロになります。今の状態が続けば、三年以内にその村は空になります」


 ガルトは腕を組んだ。


「どうすればいい」


「まず今年の滞納分は一部免除して、残りを来年以降の分割払いにする。同時に炭の新しい販路を一緒に探す。価格が下がったなら、量を増やすか、加工品にして付加価値をつけるか」


「加工品?」


「炭を使った製品です。例えば炭で染めた布、炭を混ぜた塗料、消臭剤として使える炭の粉。王都では需要があります」


 ガルトはエルナを見た。


「お前はなぜそんなことを知っている」


「前世で、傾きかけた炭問屋の立て直しをしたことがあります」


「また前世か」


「役に立つので」


 ガルトは少し黙ってから、書類にメモを書き始めた。エルナの言ったことを書き留めている。


「炭の加工について、もう少し詳しく教えてもらえるか」


「もちろんです」


 二人で机を挟んで、一時間ほど話した。


 ガルトは黙って聞くことが多かったが、時々鋭い質問を挟んだ。数字の確認、実現可能性の検討、優先順位の整理。話が早い。


 前世でも、こういう相手との仕事は好きだった。


「大体分かった」


 ガルトが言った。


「お役に立てましたか」


「……ああ」


 素直に言った。珍しい。


「夕飯を食べていけ」


「え?」


「遠くから来てもらった。それくらいはする」


「お気遣いなく」


「お気遣いではない。料理人に腕を振るわせたい。最近、客が来ないので」


 エルナは少し笑った。


「それなら、ご馳走になります」


 夕食は、エルナが予想していた以上に美味しかった。


 焼いた肉、野菜のスープ、パン。質素だが、火の通し方が丁寧で、味がしっかりしている。


「美味しいですね」


「だろう。この料理人は腕がいい」


「先ほど、味が落ちたと言っていませんでしたか」


 ガルトが少し止まった。


「……以前の料理人と比べての話だ」


「そうですか」


 エルナは肉を食べながら言った。


「ガルト様は、食事にこだわりがあるんですか」


「食事は大事だ。体が資本だから」


「農具を送ってきたときも、そういう考え方ですか」


「別の話だ」


「繋がっていると思いますが」


「繋がっていない」


 ガルトは少し顔を逸らした。


 エルナは窓の外を見た。ドレーク領の夜景は、ロッテンより明るい。灯りの数が多い。


「ガルト様は、この領地をいつから管理しているんですか」


「父が亡くなってから。七年前だ」


「大変でしたか」


「最初はそうだった。引き継いだときは問題が山積みで」


「どうやって解決しましたか」


「一つずつ潰した」


「それだけですか」


「それだけだ」


 エルナは少し考えた。それだけ、という言葉が重かった。七年間、一つずつ潰してきた。だから今の堅実な領地がある。


「尊敬します」


 ガルトが少し固まった。


「何が」


「七年間、一人でやってきたことが」


「お前だって一人でやっている」


「私はまだ三ヶ月です。ガルト様は七年です」


「……年数の問題ではない」


「でも積み重ねは大事です」


 ガルトは黙った。


 食事が終わると、ガルトが言った。


「今夜は泊まっていけ。夜道は危ない」


「クルトがいますので」


「クルトはまだ十六だ。護衛にならない」


「大丈夫です」


「大丈夫じゃない」


 エルナはガルトを見た。


「……心配しているんですか」


「隣の領主が夜道で何かあったら、面倒だ」


「面倒、ですか」


「そうだ」


 エルナは少し笑った。


「分かりました。では一晩お世話になります」


「客室を用意させる」


「ありがとうございます」


「礼はいらない」


「言います」


 ガルトは小さく舌打ちをした。でも嫌そうではなかった。


 エルナはノートに今日の記録を書いた。


 炭村の問題、解決策を提示。ガルト様の屋敷に宿泊。


 最後の一行を少し見てから、次のページを開いた。


 明日はロッテンに戻って、製粉の結果を確認しなければならない。


 やることは、まだたくさんある。

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