第十一話 商人
収穫から一週間後、王都から商人が来た。
馬車が二台、御者と助手を合わせて四人の一行だ。先頭に立った男は五十代で、腹が出ていて、声が大きかった。名前はロルフといった。
「噂を聞きまして。ロッテンが復活しつつあると」
「どこで聞きましたか」
「材木商のツェラー商会から。木材の先買い契約を結んだそうで」
エルナは少し考えた。ツェラー商会との契約が噂になっているということは、それなりに話題になっているということだ。
「何をお求めですか」
「燻製魚と、粉の取引をしたいと思いまして。量はどれくらい出せますか」
エルナはノートを開いた。現在の生産量、在庫、来月以降の見込みを確認する。
「燻製魚は月に五十箱。粉は水車が安定してからになりますが、月に三十袋の見込みです」
「うちで全量買い取ります」
「価格は」
「市場の一割増しで」
エルナは少し考えた。一割増しは悪くない。でも、全量を一社に渡すのはリスクがある。前世で学んだことだ。取引先が一社だと、その会社の都合に引きずられる。
「全量はお受けできません」
ロルフが少し眉を上げた。
「なぜですか。一割増しですよ」
「取引先を一社に絞るのは、こちらのリスクが高くなります。燻製魚は七割まで。粉は五割まで。残りは他の取引先と契約します」
「それでは……」
「それが条件です。価格はご提示の通りで構いません」
ロルフはしばらく考えた。
「分かりました。その条件で」
交渉は十分で終わった。
ロルフが帰り際に言った。
「エルナ様、失礼ですが、どちらで商売を学ばれましたか」
「前世で少し」
「はあ……」
ロルフは腑に落ちない顔をしながら馬車に乗り込んだ。
見送りながら、ガルトが横に来た。
「また前世を使ったな」
「使いやすいので」
「商人を言いくるめたのか」
「言いくるめていません。正当な条件を提示しただけです」
「全量を断ったのは」
「リスク分散です。一社に全量渡すと、その会社が価格交渉してきたときに断れなくなります」
「……なるほど」
ガルトは珍しく素直に言った。
「うちの領地でもそういう考え方をした方がいいか」
「ガルト様の領地の状況次第ですが、取引先が一社に偏っているなら、見直した方がいいかもしれません」
「後で話を聞かせてもらえるか」
「もちろんです」
ガルトは少し間を置いてから言った。
「お前に相談するのは、変か」
「変ではないです」
「隣の土地の領主に経営を聞くのは」
「情報を共有した方が、お互いにとっていいことが多いです。前世でも、競合他社と情報交換することがありました」
「競合他社?」
「気にしないでください」
ガルトは少し困った顔をした。前世という言葉に毎回反応するのが面白かった。
「……昼飯を食べていくか」
「今日はベルクが芋の煮込みを作っています」
「それでいい」
「質素ですが」
「うちより美味い」
「ガルト様の屋敷のご飯は美味しくないんですか」
「料理人が変わってから味が落ちた」
「それは問題ですね」
「だから外で食べることが多い」
エルナはベルクに昼食を二人分用意するよう頼んだ。
食堂でガルトと向かい合って食べた。芋の煮込みと黒パン。質素だが、温かい。
「美味いな」
「ベルクが作りました」
「ベルクが料理もするのか」
「他に人がいないので。でも最近は、村から差し入れをいただくことが増えました」
「村人との関係が良くなっているということか」
「子どもが毎日来るようになってから、変わりました」
「子どもを懐かせたのか」
「懐かせたというより、来たいという子を断らなかっただけです」
ガルトはパンを食べながら言った。
「お前はそういうやり方が得意なんだな」
「何がですか」
「押しつけない。でも断らない。相手が動くまで待つ」
エルナは少し考えた。
「そう見えますか」
「見える。交渉もそうだ。相手が沈黙しても、こちらから埋めない」
「気づいていたんですか」
「観察していた」
エルナはガルトを見た。
この男は、黙っているように見えて、よく見ている。
「ガルト様も、そういうタイプですよね」
「何が」
「押しつけない。でも見ている。農具を送るときも、名前を書かなかった」
「それは別の話だ」
「どう別なんですか」
ガルトは少し黙った。
「……食え。冷める」
話を終わらせた。エルナは少し笑った。
黙って煮込みを食べた。
窓の外で、子どもたちの声がした。今日も来ているらしい。マリアの声が一番大きい。
「賑やかになったな」
ガルトが窓を見ながら言った。
「はい」
「来た頃とは全然違う」
「来た頃はベルクと二人だけでした」
「三ヶ月でここまで変えたのか」
「村人が動いてくれたからです。私は条件を作っただけで」
「条件を作るのが一番難しい」
エルナはガルトを見た。
この男は、分かっているときはちゃんと分かっている。
「ありがとうございます」
「礼を言うな」
「言います」
ガルトは少し顔を逸らした。
窓の外で子どもたちが笑っていた。
エルナはノートに今日の記録を書いた。
ロルフ商会、取引契約成立。ガルト様、昼食。
最後の一行を少し眺めてから、次のページを開いた。
来月の計画を書き始める。
数字はまだまだ先に続いている。




