『双星のヴァルキュリア 白き死に神の涙』 パートⅢ
堕天の者の企み……
ミストの思惑……
そして、ルナの想い……
それぞれが目指す世界に何かあるのか。
哀しみの力が解放される時
奇跡が起きる。
結末を見よ!
◆◆第四章:ミストの裏切り◆◆
「白のヴァルキュリア……ミストよ」
低くねじれた声がミストに語りかける。
荒廃した地に歪んだ気配が立ち上る。
闇の中から一つの影が姿を現した。
堕天の者。
「世界は終わりに近づいている。
哀しみが世界中を覆い尽くそうとしている」
ミストは何も答えず歩き続ける。
ただその存在を冷ややかに見据えていた。
「我が真の目的を告げよう。
闇のオーブを用い世界そのものを消滅させる。
希望など生まれる余地のない世界をつくり
我が支配するのだ」
「そのためにお前を目覚めさせ
哀しみを集めてきた。全てはこの時のため」
堕天の者は恍惚とした声音で続けた。
一瞬の沈黙の後
ミストの唇がわずかに笑った。
「随分とくだらない妄想を……
オーブの力は私が頂く。
世界を終わらせるのも救うのも私の意思でな」
彼女は闇のオーブに視線を落とし静かに言い放つ。
堕天の者の気配が激しく揺らいだ。
「逆らえばどうなるか分かっているのか
ミスト!」
ミストは一歩も引かない。
「堕天の者よ!
神々の後悔の念から生まれた思念体……
ただの残影に過ぎん!
神である戦乙女の敵ではない!」
冷然と告げる。
「ミストよ!ならば試すがいい!!」
堕天の者のから無数の黒い触手が
ミスト目掛けて襲い掛かる。
「無駄だということを想いしれ!」
「ギュルルル!」
「キィィン!」
ミストも剣でなぎ払う。
「ミスト、我を倒すのだろ?
防戦だけでは倒せんぞ」
黒い鞭が何本もミストへ向かってくる。
ジリジリと後退するミストと堕天の者の間に
距離ができた。
背後に岩盤が近づいて逃げ場がない。
「ミスト!とどめだ!」
「ドカーン!」
束になった触手が岩盤を貫く。
砂煙か舞い視界がぼやけた。
風で視界が開けるとそこにミストの姿は無かった。
「どこに隠れた!隠れても無駄だ」
堕天の者が気配を伺う。
ミストは神の糸を木の枝に
巻き付け中に浮いていた。
「ハァハァ……串刺しは……ごめんだ」
ミストは糸を切り離し渾身の力で頭上から切り込む。
「バッキン!」
ミストの剣先は堕天の者を突き刺した。
固い……
剣先が折れ、ミストは転げ落ちる。
「ぐあっ!やりおったな」
傷口から闇が溢れ落ちるが致命傷ではない。
ミストはゆっくりと立ち上がる。
「聞け!堕天の者!」
「哀しみに触れる事を唯一許される存在……
なぜヴァルキュリアのみなのか教えてやろう」
「エインへリヤーよ!」
胸の宝石が輝き、魂の灯火がミストを取り囲む。
「貴様にはわかるまい。
この私の体から、流れ出る力を!」
ミストが構えると、魂は剣を包み込み
深紅の『哀』の刃を浮かび上がらせた。
「体から流れる力だと……バカな。
そんなもので、我が身を切れるものか!」
後悔の念で堕天の者は生まれた。
『哀』の力を理解する事は出来ないのだ。
「堕天の者よ!……その身に刻むが良い!!」
「シュッッ……」
腕を振り上げると深紅の糸が空気を裂く。
堕天の者を縛り上げ動きを完全に封じる。
「なっ……バカな!
動け!認めん……認めんぞ!」
叫びが終わるより早く、赤い閃光が走る。
『哀』の刃により音もなく崩れていく。
哀しみをその身に宿す。
エインへリヤーの運命を共有する事で自身の力とする。
それが戦乙女……ヴァルキュリアだ。
「覚えておれ……ミスト
闇がある限り我は何度でも生まれる……と」
その言葉を最後に崩れ落ち影は霧散する。
ミストは静かに呟いた。
「その時は……また何度でも消すまでだ」
闇のオーブを手に取り
ミストは目を閉じ哀しみに集中する。
大きな哀しみのその向こう側にルナがいる。
「キィーン……」
羽根飾りが共鳴し、進むべき方向を示していた。
「ルナよ待っているがいい」
目を開きミストは歩き出す。
ルナを止めるために……
◆◆最終章:『哀』解放の鍵◆◆
ルナは胸元に手を当てる。
胸の宝石は透き通った緑のまま静かに輝いている。
哀しみを受け止め浄化し希望へと変えてきた証。
一方ミストの変化はより明確だった。
宝石は緑色から赤黒く深く吸い込まれそうになる
異様な美しさに染まりつつあった。
それは哀しみを“切りすぎた”代償。
哀しみだけでなく
命ごと
希望ごと
切り捨ててきた結果。
ミスト自身が哀しみそのものへ近づいていた。
ミストは理解していた。
このままでは世界は救われない。
だからこそ彼女は選ぶ。
闇のオーブで全てを終わらせる。
世界を「無」へと還し哀しみの連鎖
そのものを完全に止めるのだ。
哀しみは哀しみのままで終わらせる。
最も確実
最も残酷
最も慈悲深い
人への救済だと信じていた。
次会う時は戦いを避けることはできないだろう。
二人は同じ《哀しみ》を見て
まったく違う答えを選んだ。
世界を救うか――
相手を救うか――
互いに正しい。
だからこそ同じ道は選べない。
双星はついに対峙する。
哀しみが解放されるその瞬間へ。
ルナは天界の中心に鎮座する
天のオーブへ哀しみの結晶を移していく。
結晶は創造の力へと生まれ変わる。
天界は哀しみを土台として息を吹き返すのだ。
その力を完全に解放するための
最後の鍵はルナ自身だった。
「私が…… 解放の鍵となることで」
それは選択ではなく最初から定められていた運命。
ルナは静かに祈る。
世界のためでも天界のためでもない。
ただ“誰かが生き続けられるように”。
祈りが捧げられる直前。
「ルナァァ!!」
轟音と共にルナの右腕に神の糸が巻き付いた。
驚いて振り返ったルナの視界に
闇のオーブを腕に抱き立つミストの姿が映った。
二人のヴァルキュリアは刃を交える。
「そこまでだルナ……創造の力は使わせない。
世界は余りにも混沌としている。
人は自分のことしか考えてはいない」
「全て一からやり直す時が来ている!
ルナなぜそれがわからない!!」
ミストの叫びにルナも応える。
「ミスト……
神が人に哀しみを与えるなんて……どうして!!」
ルナは素早く神の糸を剣で切り払った。
「人は自らの哀しみで世界を少しずつ歪めていく。
ならば私がすべてを切り払う!」
ミストも剣をジリジリと抜き間を詰める。
「違う!
哀しみの中から再び希望は生まれる!
だから私はその全てを受け入れる!
それが使命!」
「キィン!」
「バシュ!」
互いの意思を代弁するかように
剣がぶつかり合い音が天界に響き渡る。
二人の背後からいくつもの
魂の灯火が姿を現す。
哀しみを浄化されたエインへリヤー達。
「人は裏切るのだ……
どんなに信じていようとも」
「でも泣いている私を優しく包んでくれた」
ぶつかり合う意思……
これは二人だけの戦いではない。
「ならばルナよ……この私の目の前で
その希望とやらを見せてみろ!」
少し距離を取ったミストは
神の糸を鞭の様に放った。
「しまった」
糸はルナの剣に巻き付いた。
距離を詰められて斬られる。
「そこまでだなルナ。これが最後だ!
お前を殺したくない、私と共に世界を変えよう」
その瞬間ルナは覚悟を決めた。
「ミスト!
今の私にはこの世界の全ての想いがある!」
ルナは剣を捨てた。
創造の力を使うために。
その瞬間をミストも見逃さない。
「させんよルナ!
闇のオーブよ!今その力を示せ!」
おぞましい闇の力が左腕に集まる。
周囲を歪め黒い雷鳴が天界に鳴り響いた。
ミストは不敵に笑い叫ぶ。
「さあ天のオーブよ! 砕け散るがいい!」
放たれた闇の奔流は天のオーブへと一直線に向かう。
ミストは創造の力の消滅を狙っていた。
哀しみは二人で集めればいい。
時間はいくらでもある、そう考えていた。
だがその思惑は外れる。
ルナは天のオーブを守るように両手を拡げ
立ちはだかった。
「あぁぁっ!!」
「ミスト……お願いよ」
闇に飲まれながらルナは強く想う。
ミストのこと
世界のことを
己の身のことなど微塵も考えずに。
胸元にある緑色の宝石が想いに
応えるかのように輝きだし
ルナを守る様に包み込む。
「ミスト……わかって……人は……」
次の瞬間に眩い光が弾けると
ルナの身体は光の粒子となって
四散して辺りを漂った。
同時に暴走していた闇の力は
嘘のように消滅する。
背後では天のオーブだけが
変わらぬ光を放っていた。
ミストは呆然とする。
「ルナ……なぜそこまでしてオーブを護るの」
この喪失感は一体何なのだ。
「私はこれで良かったのか……」
己の考えが正しかったのか
間違っていたのか答えは出ない。
ミストはその場にしばらく立ち尽くす。
ふと地面に咲く悲願の花が目に止まる。
「この花は……」
まだ天界が存在していた頃
花冠を作った思い出の赤い花。
二人で歌を歌い、剣の修行も
次々と思い出が脳裏をよぎる。
天のオーブは輝き創造の力はまだ健在だ。
「ルナ……戻ってきて」
ミストは悲願の花を手に取り
目を閉じて天のオーブへ祈り始めた。
「ルナ ……」
「ルナ! ルナァァー!」
「お願いよ……」
その時
ルナの内にあった哀しみの結晶の欠片が
ひとつ、またひとつミストの元へ 舞い落ちてくる。
欠片を壊れ物を扱うようにそっと集める。
ミストは心の奥底からルナを想った。
その想いに応えるかのように
天のオーブは眩く輝き創造の力を解き放つ。
光は天界に染み渡るようにゆっくり広がる。
身体が少しずつ光へと溶け始める。
ミストは理解する。
「私は大切な存在を失った……
今だからわかる、哀しみの意味が。
そう……人はもろくて弱い者。
だが温かさや思いやる心を持つのも人……
その弱さゆえに祈りや希望が
生きるために必要なのね」
その時奇跡が起きた。
砕け散った光の粒子が再び集い
ひとつの姿を形作る。
ルナの命だ。
ルナは振り返りる。
消えゆくミストへと必死に手を伸ばす。
「駄目!戻って来てミスト!!」
だが
「ルナ……本当に良かった」
ミストは優しくルナを見つめて微笑む。
頬には一筋の涙が流れた。
ルナの手がミストに触れた瞬間
シャボン玉が弾けるように
光の粒子となって散っていった……
涙の欠片が結晶となって残った。
解放の鍵となったのだ。
天のオーブはその役目を終え光を失う。
「ミスト……私を置いていかないで」
ルナの手には残っている。
ミストに触れたあの一瞬の感覚……
失いたくはない……
忘れない……
これ程にも胸を締め付けて
苦しいとは……
「この気持ちが哀しみ……
こんなに心の中が痛いなんて……
私は人の哀しみを
花を摘むように切り取っていたの……ミスト」
ルナは両手で己を抱きしめて
その場に崩れた。
手には涙の結晶が握られていた。
世界はまた何事もなかったかのように
美しく静かに光に満ちていた。
たった一人ルナを残して……
これは……『哀』の物語だ。
『双星のヴァルキュリア 白き死に神の涙』 Fin
哀しみの連鎖が止まる時
一体どのような景色が広がっているだろう。
ルナは『希望』を胸に人の世界に
静かに舞い降りる。
『哀しみ』を切り取るため。
ミストが残した優しさの涙の結晶と
人の世に残した羽根を探すため。
天のオーブが『哀』の結晶に満ちた時
創造の力が甦る。
その光の向こうにミストがいる限り……
我と共に『哀しみ』に共鳴した
エインへリヤーよ。
これは
哀しみを受け入れた星と
哀しみを断ち切った星の
まだ終わらない神話。
「一緒に……逝きましょう。我と永遠に」
この双星神話をエインへリヤーとして
語り継いでくれないか?
ルナは今も世界のどこかで哀しみを
受け止め抱きしめているのだから。
????
「この羽根……何て綺麗なんだろう」
共鳴した全てのエインへリヤーよ!
この物語はまだ終わらない。
これから始まるのだ。
ミストの涙の欠片と残された羽根。
ルナは哀しみを狩るために人の世界に降り立つ。
これは……『哀』の物語なのだから。




