表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

第7話 物語の住人症候群

 「宝落とし」の同期画面。


 美菜を示す光点が、ゆっくりと動き始める。



 ようやく、あいつに「ヒマワリちゃん」を叩き込むチャンスが来た。


 だが、脳裏にこびりつく粘り気が、無邪気な期待を拒んでいる。



 すでに不登校が始まって数日。


 「物語の住人症候群」――その不吉な六文字が、意識の隅で明滅して消えない。



(見つけたら、しっかり布教してやるから覚悟しておけよ)



 巨大デパートの最深部。リミナ・マスクの公式代理店を突き止めた。


 美菜はここで仮面を買ったのだろう。



 頭の中に焼きついた動画を再生する。


 無機質なLEDが照らす空箱と影の角度――そして。



 ビルの裏手に足を踏み入れた。


 剥がれたポスターと色の抜けた看板が、風に揺れている。


 そこまでは、どこにでもある寂れた路地裏だった。



 だが、角を曲がった瞬間、景色が変わる。


 ひび割れた壁面から深緑の蔦が溢れている。


 無機質のはずのコンクリートを貪ぼり、植物は「これが本来の姿だ」と、おぞましい生命を誇示していた。



――白が舞う。



 蔓から零れた、白百合の花びらが風に揺れている。


 雪のような無音をさらって、濁った大気へと散っていく。



 歪な楽園。

 その真ん中に、あいつは立っていた。



 美菜だ。


 白磁の仮面を被り、華奢な身体に似合わない豪奢なドレスを揺らす。


 艶やかな黒髪に混じって、生々しい植物の触手がうねっていた。



「……あの時と同じだ」


 昔、見たのと同じ。「物語の住人症候群」だ。


 あいつの精神は、物語と溶けあって戻れなくなる数歩手前にある。



 だからこそ、普段のあいつなら、絶対にやらないことをしている。


 美菜は、足元に伏した男を蹂躙していた。


 バトルスーツを纏ったその男の強度を計るかのように、踏みにじり続ける。



 知っている。


「ふ……ふふふ……」


 今のあいつが演じているのは、白百合の乙女「シラユリ」。


 だが、気高く弱者を導く、完璧な虚構。


 決して、こんなことをするキャラではない。



 地に伏した男が足掻く。


 だが、美菜が指先を一閃させた。



 辺りに根を張る蔦が、一斉に襲いかかる。


 四肢を締め上げ、関節が逆方向に軋む。


 男の喉から漏れるのは、悲鳴――いや、今や摩擦音でしかない。



「やめろッ!」


 衝動のまま、身体が動いていた。



 俺に何ができるわけでもない。脳細胞の凍えが、その証だ。


 それでも、止めなければいけない。


 美菜が正気に戻った時、間違いなく黒歴史になる。


 オタク仲間として、そんなの見過ごすわけにはいかない。



「……誰、だっけ。……まあ、れん……? そう、レン、れん……思い出した」



 美菜の声ではない。


 そして指の震え。


 白い百合達が、笑うように震えている。


 植物で空気を震わせて、推しの声をマネているのか。



「そう、れん、蓮だったね」


 美菜が手を振る。


 周囲の蔓が蛇のようにのたうつと、槍と化して襲ってきた。


 くっ。


 転びはしたが、なんとか避けられた。



「余裕かましてんなよっ!」



 転がりながら、足元の瓦礫を掴む。


 そのまま、あいつの仮面へ投げつけた。



 だが、硬化した葉によって叩き落とされる。


 

 僅かな隙。意識が石に逸れた。


「……いい加減に、しろよぉぉっ!」


 俺は美菜の顔面へ拳を突き出した。


――だが、届かない。


 殴るのを躊躇ってしまった。


「ぐぁっ……!」


 美菜は、微笑んだまま、蔦の槍で俺の腹を貫いた。


 手で押さえるも、そんなことで抜けるはずがない。



 内臓を掻きまわされるような感覚がする。


(違……う)


 血を吸われているのか――体温も吸われていく。 


(……ろ)


 感覚が無くなっていく。


 足にも力が入らない。


(……めろ)


 だが、無性にムカつく!


「やめろっつってんだよっ!!」


 ムカつく。


 明日、目を覚ましたとき、お前は俺の腹で遊んだことを思い出して、のたうち回るんだぞ!!


「黒歴史を作るのに、俺を使うんじゃねぇよっ!!」


「っ!」


 手にたっぷりついた血を、顔にぶちまけてやった。



「……純白が似合う……シラユリ様推しには、嫌だろうなぁ」


 お前の黒歴史作りなんて、意地でも手伝ってやるかよ。



「くっ」


 だが、意地を張るも、膝をついてしまった。


 怪我で気を失うって、創作物だけの話じゃなかったんだな。


 痛みだけで、意識が持っていかれそうだ。


――!


 仮面の下にある美菜の目を見て、背筋に寒気が走った。


 おい。


 美菜は、バトルスーツの男に掌を向けていた。


 黒歴史になるぞ。


「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおっ!!」



 美菜は――指を動かした。



「……家……賃。払わ…………」



 音が響いた。乾いた音だ。


 首から、蔓の巻き付いた――男の。



 黒い霧となった体から、幾色もの文字が散らばっていく。


 痕に残ったのは金色の紙片。


 そして、寂しげに落ちたコンビニのレシートだった。



『穢れなき白百合の園に、欲で濡れた足音は不要です』


 何事もなかったかのように、シラユリ様を演じている。


「お前……シラユリ様は……そんな汚い言葉、吐かねぇだろ……」


 心臓の音がやけに大きく感じる。


 あいつが、さっきまでよりも遠くに見える。


「お前……黒、歴史……笑って……やる…………から、な」


 体が動かない。


 片膝をついたまま、意識が遠ざかっていく。



 そして、あいつはレシートを踏み躙ると、そのままこっちへと歩いてきた。


 現実って、こんなに弱かったんだな。――なに、言ってんだ、俺。



「さようなら、勇気ある人。縁があれば白百合の園でお会いしましょう」


 美菜の言葉が終わると共に、俺の首が締めつけられた。


 力が入らないと思っていたけど、まだ残っていたんだな。



 虚構街では死なない。


 でも、それは聞いただけの話。



 本当だろうか?


 もう、怖いと感じる気力もねぇわ。



 視界が暗くなっていくのに対し、やけにポケットが熱く感じた。



――ぬ……る…………い、な。



 なんか、聞こえたか?


 だが、もう、どうでも――「よくねぇよっ!」


 叫びと共に伸ばした腕は、弱々しく美菜の仮面を殴っていた。



「また会おうぜ」


 最後に、オタク仲間の憤った顔を見れたが、ここで終了だ。


 体の中から、ついさっき聞いた、乾いた音が響いた。



『ほう。ずいぶん、盛り上げてくれるじゃないか』


 少女の声が、美菜よりもずっと幼い誰かの声が聞こえた気がした。



最後まで読んでいただきありがとうございます!


面白い、続きが気になると思っていただけた方へ。


ページ下部より、

ブックマークや広告下の評価(★★★★★)をいただけると、

執筆の励みになります。


よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ