第6話 パズルは完成した
朝が来た。
すでに、あいつの捜索に割ける時間は、四十八時間を切っている。
台所で、昨夜の残骸である伸びきったパスタをフォークで巻き取った。
それはもはや、食事という文化的な背景を捨てた、炭水化物の塊と言っても過言ではない。
冷めたコーヒーは舌の上に不溶性の重みを残す。
俺、なにを食べているんだろう?
と、思わなくはないが、他に食べる物がないのだから仕方がない。
いつもなら、美菜から発信された、ノイズでスマホが振動する時間だ。
中身は、毒にも薬にもならない文字列。
それでも日常が欠けるというのは、いい気分ではないな。
静寂にも種類があるものだな。
以前を「無」と呼ぶのなら、今は「欠落」というべきか。
――次に、メッセージがきたら、無視せず返してやるか。あの、明るい笑顔が魅力のヒマワリちゃんスタンプを。
(……さて、と)
肺の中にある古い空気をゆっくりと吐き出し、再び第四虚構街へ向かうことにした。
辿り着いたのは、昨日、奇妙な生き物と話した河原。
風はとても冷たく、体温をどこか遠くへ持ち去ろうとしている。
ささやかな抵抗として、両手をポケットに深く沈めた。
そこで指先が、硬い何かに触れた。
昨日拾った、小さな紙片だ。
「……試されてるよな、やっぱ」
独り言は、冬の光の中に吸い込まれて消えた。
メメントは場所を明言しなかった。
代わりに、渡されたのは、加工された動画という「パズル」。
きっと、答えに辿りつけるのか、高みの見物と洒落込んでいるのだろう。
俺ならそうする。
いや、俺という個人ではなく、客としての価値を計っているのかもしれない。
どちらにせよ、上から見下ろしていることに変わりはないが。
『情報は生もの、嘘は加工品。賞味期限が切れた真実より、つきたての嘘の方が美味しいことだってある』
彼女の辞書は俺のとは違うのだろう。
真実とは味気のない無機物で、嘘は人間を惹きつける味付けがされていると、書かれているらしい。
『真実だけを食べたければ、上に振りかけた『美味しい嘘』を丁寧に取り除かないと。――で、その皮剥きが私の仕事』
彼女の声を思い出してみる。
あれは、自分の仕事に対する美学なんだろうか?
ま、縁があっても、せいぜい客になるだけの俺にはどうでもいい話か。
指先で紙片の感触をなぞりながら考える。
彼女の言葉を、屁理屈という器に入れて煮込んでみる。
セリフの意図を知るために。
一つ、彼女は「真実」がある方向を教えている。
二つ、彼女は俺に「真実の皮を剥く」という手間を楽しませている。
三つ、全ての情報に「美味しい嘘」でデコレーションをしている。
メメントは情報屋だ。
そして、自分の仕事に美学を持っている印象があった。
なら、もう一つの可能性を追加すべきだろう。
四つ、情報を「買わせる」ための販促活動。
『ふふーん。今日は、初利用サービスってやつ? 無料にしておくね』
あの時の含み笑い。
あれは「どうせお前は自力で行き詰まり、すぐに彼女の元に情報を買いに行く」という予言だったのではないか。
あるいは、無能には情報を与える価値がないという切り捨てか。もしくは、バカに分かりやすく説明する手間賃を上乗せするための布石か。
だが、美学を持つ者が、金銭のためにプライドを捨てるような真似をするのだろうか?
しばらく考えたが答えは出ない。
用意された舞台の上で踊ってやるしかなさそうだ。
「やっぱ、四番街の奥か」
美菜の消えた動画に映っていたのは、ビルに囲まれた場所だった。
あいつのドットが停止しているこの河原から近い、ビルの立ち並ぶ場所は――。
近くに見える、寂れたビルの立ち並ぶ場所へと向かった。
空気の粘度が、重みを帯びている感じがする。
その原因は、周りの文字だろうか。
錆びついた鉄柱、幾何学的なひび割れを晒すアスファルトの表面。
それらに、僅かな間だけ青白い発光を伴う文字列が走っては、緩やかに霧散していっている。
虚構街のあるあるだ。
俺は思考を切り替え、周囲を見渡す。
ここは、退廃的なコンクリートの塊が並ぶ場所。
すなわち、ただの廃墟。
表が賑わっていても、少し奥に入り込めばこんなものだ。
世知辛い。
だが、この光景はメメントが見せた動画と、一致する部分があまりにも多い。
空箱のパッケージが鮮明に捉えられていたこと、そして影の延伸方向から逆算される光源の光度。
すべての変数は、この座標を指し示している――ような気がする。
しかし、虚構街特有の「似たような景色の反復」に、色々な感覚が摩痺してきた。
幼馴染の時間を、こんなに無駄遣いさせやがって。
いい加減、見つかる義務が生じていることに気付いてほしいものだ。
「……あいつなら、どう動く」
俺は立ち止まり、思考を冷却してみる。
美菜が手に入れたのは、新品のデバイスだ。
あいつの性格を考えれば、パッケージの開封を自宅まで待てるはずがない。
(美菜なら、どこで買う?)
ジャンク屋のガラクタはあいつの好みではない。
あいつは大雑把だが、買い物には慎重だ。
だから高額なデバイスであれば、正規店という保障を選択するだろう。
「……正規代理店。昨日の空箱、周囲の構造物」
スマホの地図を見ながら、候補を絞り込んでいく。
だいぶ候補が減ってきた、さらに――その作業を遮るように、男の声が響いた。
「よお、あんたも『宝落とし』のプレイヤーか?」
視界に割り込んできたのは、気の抜けた雰囲気をした少年だった。
たぶん同年代だな。
「違うのか? こんな場所に来る奴は、大抵そうだろうと思ったんだけどな」
「……昨日から始めたばかりだけど正解だ」
俺の回答に、彼は頭を掻いて、乾いた笑いを漏らす。
「そりゃまた、運が良いんだか悪いんだか。朝のメンテナンスまでは散々だったよな」
「昨日は登録しかしなかったからさ、気になるな。教えてもらっていいか?」
「ああ、いいぜ。ギルドイベントで、メンバー同士の連絡がまったく取れなかったんだよ。イベントの面倒なルールのせいで、別の連絡手段が必要になっちまった。その登録が面倒でな」
連絡の遮断?
やけに気になる言葉だ。
「連絡が、取れなかったのか?」
俺の問いに答えは返ってこなかった。
彼のスマホが、小刻みな振動を始めたせいだ。
「おっと、招集だ。わるいな、お互いお宝が見つかるといいな」
彼は軽く手を挙げ、迷路のような路地の向こうへと溶けていった。
俺は即座に『宝落とし』のアプリを起動する。
画面上で、これまで動かなかった美菜を示すドットが、移動を開始していた。
(なるほど、そういうことか)
ようやく、あいつの背中が見えた。
――時間制限付きイベントの存在。
昨日に至るまで、俺はシステムが提供する情報の環から完全に排除されていたのだ。
ドットが静止していたのは、彼女が動かなかったからではない。
今日のメンテナンスまで行われていたというイベントのせいだ。
このイベントには、別の制限もあった。
連絡を不自由にするため、対象との距離が一定圏内に入るまで、お互いの座標情報を更新しない。
そのような条件が、あったのではないだろうか。
メメントの顔が思い浮かぶ。
「試されていたのは、美菜に辿りつけるかではなかった、か」
この、座標が動き始める場所に辿りつけるかが、試験だったわけだ。
再びスマホを見ると、未だに美菜のドットが移動している。
『君なら、きっと見つけられるよ』
メメントの言葉が、嘲笑を伴って脳内で再生された。
彼女の「君なら」を、俺は「自分だけは」と解釈してしまった。
だが、実際は「誰でも」この場所に到達できれば、答えは得られたんだ。
『真実だけを食べたければ、上に振りかけた『美味しい嘘』を丁寧に取り除かないと。――で、その皮剥きが私の仕事』
なるほど、皮を一枚残して、美味しい嘘の厄介さをアピールしたわけだ。
なら、メメントの接触は、「五つ目、情報屋の価値をアピールする販促活動だった」が正解というわけか。
再び地図を開く。
美菜のドットが最後に辿り着いた地点。
その近くには、予想通り「正規代理店」の記号が記されていた。
メメントの用意したパズルは、これでようやく完成した。
「……待っていろよ」
ここまで手間をかけさせたんだ。
お前は、ヒマワリちゃん推しに改宗させてやる。
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