第5話 メメント
虚構街、河川敷の静寂にて。
冷たい電光色に彩られた虚構街にも、僅かながら自然の残滓は存在する。煌びやかな摩天楼の合間を縫うように流れる河は、夜空のネオンを水面に映して、生き物のように蠢いていた。
時刻は、すでに未成年に優しくない時間帯。俺は河川敷に立ち尽くしていた。
仕事で得た情報は、この場所で最後に美菜らしき人影が確認された、という漠然としたものだ。あまりにも不確かだが、ないよりはマシだった。
あとは、この「宝落とし」アプリが示す、美菜のマークくらいか。
再度、画面を確認しても、やはりここでマークは動きを止めている。
スマホのライトを使い、暗い足元を照らす。
心許ない光を頼りに、河原の石を踏みしめて歩く。澄んだ空気に川の匂いが混じるのは、現実と変わらない。だが、遠くに見える虚構街特有の冷たい電光色が、それは違うと主張していた。
やがて、その足が止まる。
目の端に、スマホのライトを反射する何かが見えた。――あれだ。
河辺に打ち上げられた流木と、コンクリートの破片の間。そこに、ひときわ強い金色の輝きを放つ、名刺ほどのカードがあった。『紙片』だ。
(何かのヒントになるかもしれない)
拾い上げようと手を伸ばす。指先に伝わるのは、拒絶するような冷たい感触。
そういえば、あいつも紙片をドヤ顔で自慢していたことがあったな。
そんな記憶に浸りかけた瞬間、背後から声を投げつけられた。
「どもー」
反射的に振り返る。
そこにいたのは、俺と同じか、少し背の低い影。全身を黒いパーカーで覆い、猫の耳を模したフードを深く被っている。フードの奥、暗闇の中でやけに大きな瞳だけが輝いていた。――物影に潜む猫を思い出す。
厄介事の臭いがした。足元で音がしたと思ったら、いつの間にか俺は後ずさっていた。
そんな反応を楽しんでいるかのように、少女は喉を鳴らして笑った。やはり猫を連想させる。
「そんなに警戒しないでよ、食べたりしないよーなんてね」
冗談めかした口調だが、その瞳の奥には、いたずらっぽい感情が隠れている。
彼女はこちらへ寄ってくると、タブレット端末を見せつけるように掲げた。
「これ、君の探してる子でしょ? 美菜、さん……だっけ」
画面に映っていたのは、美菜だった。
俺は彼女へと近付き、その画面を覗き込んだ。
少し暗い場所、コンクリートに囲まれた通路。そこを、箱を持って歩いて――消えた。
「……なんだ、これ?」
「ふふ、驚いた? これはね、幻想図書館のシステムが、不都合な記録を隠そうとした痕跡だよ。私が少しいじって復元しちゃった。こう、ちょちょーいってね」
いかにも簡単そうに言うが、幻想図書館の目を欺くのは並大抵の技術ではない。相当なハッカーだと考えた方がいいだろう。
「あと一回だけ見せてあげるね」
彼女の指がスワイプされ、動画が再再生される。
やはり、コンクリートの質感。それに、いくつか特徴がある。
最後に何か落としている。リミナ・マスクか。確かメーカーに、このロゴマークを使っている所があった。
「ふふーん。今日は初利用サービスってやつ。無料にしておくね」
彼女は一枚のカードを差し出した。黒い地色に、金色で猫が刻印されている。
「……メメント?」
「そ、情報屋メメント。情報は生もの、嘘は加工品。賞味期限が切れた真実より、つきたての嘘の方が美味しいことだってある」
彼女はカードを弄び、俺の鼻先に突きつけた。
「真実だけを食べたければ、上に振りかけた『美味しい嘘』を丁寧に取り除かないと。――で、その皮剥きが私の仕事。よろしくね、お客さま」
首を傾げるその姿に「かわいい」とは思ったが、人間に対するものではない。
間違いなく、猫に向ける感情と同じだった。
「次からはお金か情報をもらうけど、なにか知りたいことがあったら、そこに来てねー」
父さんから聞いたことがある。虚構街には多くの情報屋がいると。
「じゃあ、この場所は?」
「そこまでは教えられない。でも、ヒントをいうのなら、河川敷からそう遠くない場所。君なら、きっと見つけられるよ」
それだけ言い残し、彼女は闇に溶けるように去ろうとする。
「……信じろと?」
「信じるかどうかは、情報をしっかり見て自分で決める。左目だけなら嘘、右目だけでも嘘。両目でしっかりと見れば嘘の奥が見える。それを忘れないことが、情報屋との賢い付き合い方だよー。じゃあねー」
勢いだけで喋っている気もしたが、それは確固たる自信の現れのようにも感じられた。
信じるかどうかは、自分で決めろ、か。
手にした紙片に目を向けると、月明かりを冷たい金色として返している。
俺は脳内で、メメントが見せた動画をコマ送りで再現した。
コンクリートの質感、リミナ・マスクのロゴ。あのメーカーは正規の販売代理店が少ないと、美菜が言っていた。正規とそれ以外では、箱の色が違う。
影は割れていた。光源が複数ある証拠だ。
光は強く、箱のロゴをくっきりと浮き上がらせていた。色かぶりはない。
なら、箱の色は正規ルートの『赤』だと考えていいだろう。
メメントは『河川敷からそう遠くない場所』と言った。
なら、インフラ施設、もしくは河川沿いの巨大構造物が怪しい。
幻想図書館。虚構街を生みだした場所。
そこが美菜の失踪に関わっている可能性が高い。明らかに、話が大きくなっている。
だが――今さら足踏みをするのなら、最初から探し始めたりはしない。
「今日はここまでだな」
進展はしたが、厄介事に深く沈む前に、一度落ち着いて地図を確認すべきだ。
今日、眠れるかな。
幼馴染の睡眠時間を削るなんて、全く酷いヤツだ。
早く見つけ出して、たっぷりと文句を言ってやらなきゃならない。
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