公爵令嬢から王太子を奪って婚約者に収まりましたが、今度は自分が捨てられそうです~貧乏令嬢は捨てられる前にざまぁを挑みます~
(やっと! やっと手に入れた! 王太子妃の座!!)
自室でガッツポーズを決める。
男爵令嬢としてこの世に生を受け、没落しかけの実家を支え続けた。先月十五歳になった誕生日に、王太子であるマルシャルから求婚された。
あの手この手で彼の婚約者であった公爵令嬢ジャクリーヌを蹴落として、王太子の婚約者の座を手に入れたのだ。
先ほどまで煌びやかな夜会に出席していたリリーは、そこでマルシャルがジャクリーヌに婚約破棄を突き付けたのを必死に笑みをこらえながら眺めていた。
優越感がすさまじい。生まれで劣る男爵令嬢でありながら、公爵令嬢が手にしていた王太子妃の未来を横取りできた。これで将来も安泰である。
マルシャルは没落しかけのカンパン男爵家への金銭的な支援も約束してくれたから、一家揃って路頭に迷う心配がなくなったのが何より嬉しい。
(お金の心配がない生活! なんて素敵なの!!)
王太子妃の座より、金銭に不自由しない生活のほうが喜ばしい。
くるくると貴族の部屋としては狭い自室で回りながら、リリーは笑う。
「ジャクリーヌ様には悪いことをしたかもしれないけれど! 貴族社会は弱肉強食だもの! 仕方ないわ!!」
生き残るために手段など選べない。
最後までマルシャルに未練を残していた彼女を哀れだとは思うが、婚約者として彼の気を引けなかったのが悪いのだ。
「ふふ! 今までの苦労が報われたわ!」
マルシャルがジャクリーヌを「悪女」などと罵って大勢の前で切り捨てたのには驚いたけれど、リリーには関係ない。
そう、思っていた。
マルシャルが浮気をした。
リリーが寝る間も惜しんで厳しい王太子妃教育を受けている間に、他の令嬢と『良い仲』になったのだ。
王妃からいびられ、国王からはため息を吐かれ、義弟になる弟王子に眉を顰められる。
どこにも王宮に居場所はなかったけれど、将来のためだと自分に言い聞かせて王太子妃教育に耐えていたのに、だ。
マルシャルは忙しすぎて相手をできないリリーを早々に見捨てて、他の令嬢に手を出した。
(ふざけないで!!)
匿名での『マルシャル王太子が他の令嬢と懇意にしている』という手紙を受けて、叱責を受ける覚悟で王太子妃教育をサボって張り込んだ裏庭の生垣の裏で膝を抱える。
ばっちり目撃してしまったマルシャルの浮気現場に、リリーは般若の形相を隠せない。
(捨てられたらまた貧乏生活じゃない!!)
貧乏に戻るだけなら耐えられる。けれど、一度贅沢を覚えた両親が心配で仕方ない。
リリーがマルシャルと婚約したことで、浮かれて豪遊している両親が突然質素な生活に戻れるとは思わないのだ。
(最悪、娼館に売り飛ばされる……!)
元々、両親が夜中にそういう相談をしていたから、彼女は死に物狂いでマルシャルを射止めたのだ。
捨てられれば今度こそ売られてしまう。
伯爵令嬢の腰を抱いて「あんな女、遊びに決まっている。君こそが私の運命の人だ」とリリーに囁いたのと一言一句同じ言葉を並べている浮気男を睨む。
(ぜぇったいに! 目にもの見せてやる!!)
口汚く内心で罵って、彼女は気づかれないうちにその場を離れた。感情のままに行動しても意味がない。
こういう場合はきちんと作戦を練らなければいけないと、苦労してきたリリーはよく知っている。
リリーはすぐにマルシャルに婚約破棄をされたジャクリーヌに連絡を取った。
公爵家に使いを走らせて、面会を取り付ける。味方のいない王宮でちまちま工作するより、外に頼った方がいいと判断した。
正面から罵倒を浴びることになるだろうが、暴力を伴わないなら問題はない。リリーは図太いのだ。
公爵家を訪れると冷たく対応されたが、その程度は予想内だ。素知らぬ顔で通された応接室の上等なソファに座っていると、困惑した面持ちのジャクリーヌが現れた。
ソファから立ち上がり、かつかつと足音高くジャクリーヌに近づく。びくりと肩を揺らした彼女は戸惑いを露わにしているが、構ったことではない。
「私、ジャクリーヌ様と手を組みたいんです」
「手を組む……?」
思わぬ言葉だったのだろう。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す彼女の長いまつげを眺めつつ、リリーは拳を握り締める。
「あの女好きを! 地獄に落としたくて!!」
「どなたのこと……?」
当惑しているジャクリーヌに勢い込んで前のめりになりながらリリーは一人の名前を口にする。
「マルシャル様のことです!」
「わたくしから奪っておいて?!」
「だって! お金が欲しかったから!!」
ジャクリーヌの当然の言い分に、けれどリリーも必死だった。
「私の実家は没落寸前で! お金をくれるなら側室でもよかったんです!!」
「?!」
「それなのにあの馬鹿王太子は、貴女に婚約破棄を突き付けた!」
当時のリリーが高笑いをした事実は伏せて、婚約破棄が彼女の意思ではないことを強調しておく。
「このままでは娼館に売られてしまうから! 必死だったんです!!」
同情を誘う事実をあえて伝える。リリーの言葉にジャクリーヌが大きく目を見開く。
宝石のような瞳が零れ落ちそうなほどに驚いている。
「お金をくれるなら本当に誰でもよくて! でも! 捨てられるなら話は別!! お尻の毛までむしり取ってみせるわ!」
「貴女、本当に貴族ですの?!」
過激な言葉を口にするリリーに、彼女が思わずといった様子で声を上げた。
にこりと笑ったリリーの目は据わっている。娼館に売られる寸前まで追い詰められた経験がない人間に、この覚悟は伝わらない。
けれど、その必死さがかえって彼女が置かれている窮状を赤裸々に伝えているのだろう。
ジャクリーヌの瞳に同情の色が宿ったのを見て、さらに勢い込んで聞き取れる速さでまくしたてる。
「あの駄目王太子、お金に困っているからと付け込んでおいて! 捨てるのが早すぎます! 結婚した後なら慰謝料が取れるのに!!」
「これが貴族の発言なんて……!!」
どこまでも金銭にがめついリリーの言葉に、ふらりとジャクリーヌがよろめいた。
公爵令嬢として大切に育てられた彼女には、少々刺激が強い発言の数々であるらしい。
「だから、手を組みましょう! 貴女はあの馬鹿王太子に捨てたことを後悔させて、私はお金をぶんどる! やってみせるわ!」
ふらふらとしている彼女を支えて畳みかけると、勢いに押されていたジャクリーヌが憂うように視線を伏せた。
長いまつげが影を落として、儚さが増してる。
「……後悔させる……」
「そうです! やられっぱなしは嫌でしょう?!」
ここで「そうでもないわ」と言われては困るので、あえて強く言い放つ。リリーの言葉に、ようやくジャクリーヌの表情に覚悟が宿る。
「ええ、そうね。……その通りだわ」
いつまでも泣いてはいられないわね。
そう口にして、自身の足でしっかりと立ったジャクリーヌに、味方になったと判断してリリーは内心でガッツポーズを決めた。
リリーはジャクリーヌと手分けして、マルシャルの評判を地に落とすことにした。
公爵令嬢という立場を使い、ジャクリーヌはお茶会で貴族の令嬢たちを相手に悪評を流す。
王太子の婚約者の地位を使って、リリーは王宮内に勤める貴族の男性を相手に悪評を流す。
外からと中からの攻撃というわけだ。
「マルシャル様は、昔から大変女性がお好きで(嘘ではない)」
「わたくしも捨てられてしまいましたが、新しい婚約者のリリー様も捨てられそうだとか(嘘ではない)」
「その上、女性を金銭を使って買っているとのお話も(嘘ではない)」
「マルシャル様は、王太子教育をサボって隠れてご令嬢と遊ばれているようで(嘘ではない)」
「弟君のヤーヴェさまが優秀だからと嫉妬して、陰湿な嫌がらせを繰り返されているご様子(嘘ではない)」
「陛下から苦言を呈されては、お付きの侍女たちに八つ当たりをし、時には手を上げることも(嘘ではない)」
といった具合だ。
元婚約者と現婚約者だから知りえた秘密を共有し、不敬罪に当たらぬよう事実だけを噂として口にする。
事実をいくら並べても、事実陳列罪という罪状はないので、怖いものはない。
外部からも内部からも噂を使って追い立てる。気づけばマルシャルは王宮でも夜会でも孤立するようになっていた。
新しい婚約者に据えられようとしてた伯爵家のご令嬢の耳にも噂は届き、彼女は逃げ出したと聞いてリリーはほくそ笑んだ。
まことしやかにささやかれる噂にマルシャルが気づいた時にはもう遅い。彼の逃げ場は亡くなっていた。
慌てた彼が手を打つ前に動いたのは、ありとあらゆる貴族からの抗議を受けた国王だ。
「マルシャルを王太子の座から降ろす。王太子にはヤーヴェを据えるものとする」
その宣言に、彼は呆然と立ちすくんだという。
「お前のせいだ! お前と婚約してから全てが可笑しくなった!!」
王宮で割り当てられた部屋で休憩を取っていたリリーの元へ、足音も荒く訪れたマルシャルが激昂のままに手を振り上げる。
彼の行動に逃げることもなく、リリーはじっと眺めていた。
(これで確たる証拠が手に入る)
手を挙げられたことを理由に示談金をぶんどったうえで婚約を破棄するのだ。
叩かれるのは痛いかもしれないが、娼館に売られるより万倍マシである。
目を閉じることもなくマルシャルが振り上げた手を見つめるリリーの前で、ふいに彼が動きを止めた。
「邪魔をするな!」
怒鳴り声をあげるマルシャルを抑えているのは、背後に立ったヤーヴェだ。
彼はマルシャルの手首を握って暴力を止めると、そのまま床に押さえつけた。
「なにをする!!」
「私の愛する人に手を上げた罪、生涯償え」
冷たくいい旗れた言葉に、はて、とリリーは首を傾げた。
右を見る。左を見る。上を見る。他に人はいない。
きょとんと首を傾げた彼女の前で、ヤーヴェに取り押さえられたマルシャルが暴れているが、すぐに駆け付けた騎士によって連行されてしまった。
「……愛する人?」
事態が呑み込めない。
ぱちぱちと瞬きをして疑問を口にしたリリーに、ヤーヴェがやれやれとため息を吐いて立ち上がる。
「君は相変わらず鈍いな」
「?」
意味が分からない。
さらに首を傾げた彼女の手を取って、ヤーヴェが手の甲にキスを落とした。反射的に後ろに下がろうとしたリリーの腰に手を回される。
「?!」
「昔、夜会で君と踊ったんだ」
「夜会、ですか?」
心当たりがなさすぎる。
そもそも、家が没落しかけているのでまともなドレスが二着しかなくて、まともな夜会に出たことがない。
「ああ。昔、母が気まぐれに開催した、貴族の令嬢と令息の子どもが中心のお遊びの夜会だ。実際に開かれたのは昼だったが」
「――ああ! あれですね!」
その昔、彼女がまだ七歳くらいの時に母に連れられて王妃主催の夜会のままごとに参加した記憶がよみがえる。
デビュタント前の貴族の令嬢と令息だけを集めた、ヤーヴェの言葉通りお遊びの夜会だった。
政務に疲れた王妃が「癒されたい」という理由で主催をして、男爵家にも招待が届いた。今ほど金銭的に困窮する前だったので、辛うじて出席できたのだ。
まだまだダンスレッスン中の子供たちが、一生懸命踊っていた。リリーは男の子の相手が見つからなくて、どこかの令嬢と踊った記憶も蘇る。
(あれ?)
あの時、リリーが躍った相手は令嬢一人。
そのときの女の子と、目の前に佇むヤーヴェの色彩は、目の色も髪の色も一致している。
もしかして、と彼女は震える口を開く。
「男の子だったんですか?!」
「やっぱり勘違いをしていたんだな」
苦笑をこぼすヤーヴェをまじまじと見る。あの時、可愛い令嬢だと思った面影は色彩にしか残っていない。
凛々しい男性へと成長している。どちらかというと、マルシャルの方が女性よりの顔立ちだと評せる。
「あのときから、ずっと君が好きだった」
「ではなぜ冷たくされたのですか?」
マルシャルの婚約者に収まって王宮で王太子妃教育を受けている間、辛辣な言葉を投げかけられた記憶がよみがえる。眉を寄せた彼女に、拗ねた様子でヤーヴェが唇を尖らせた。
「ずっと好きな人が、大嫌いな兄の婚約者に収まったら不機嫌にもなるだろう」
「それは確かに……?」
納得できなくもない理由だ。
とはいえ、彼女マルシャルの婚約者になったのは、金銭的な理由があってのもの。それを口に出すと、ヤーヴェは深い溜息を吐く。
「当時の俺は王太子ではないとはいえ王族で、君を迎えるには立場の差があった。どうにか外堀から埋めようと奮闘していたのに、君は変に思い切りが良くて兄を口説き落としてしまったんだ」
「切羽詰まっていましたので」
「らしいな。ジャクリーヌ嬢から聞いたよ」
「あら」
彼女は案外お喋りらしい。
ぱちぱちと再び瞬きをしていると、でろでろに甘い笑みを浮かべてヤーヴェが不敵に笑った。
「もう逃がさない。私は不出来な兄とは違うんだ」
蠱惑的な色を含んだ笑い方に「あ」とリリーは気づいた。
(これ、逃げられないやつね?)
でもまぁ、将来の王太子であるヤーヴェとの結婚は悪くないはずだ。
そう自分を納得させる。不自然に高鳴った鼓動に、気づかないふりをして。
愛を知らず打算で王太子妃になった没落令嬢は、そうして愛を知る王太子妃になったのだ。
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