第9話 そしてそれから。(最終話)
翌日には、アルレットと教授は、二人そろってアカデミアに帰ると言うので、家族で見送りに出た。
エルンスト侯爵家の馬車が迎えに来て、とんでもない色男が微笑みながらアルレットの手を取るのを、俺の嫁がくらくらして見ていた。嫁を支えながらちらりと見ると、母上まで、まるで乙女のように頬を染めていた。それくらい、色気駄々洩れ。緩く縛った流れるような金髪。美しいブルーの瞳は少したれ目で、それがまた…。
当のアルレットは、見慣れているのか、顔色一つ変えずに普通に馬車に乗り込んでいった。
…そう、ダニエルも顔は良かった。顔だけは。いい男に耐性が付いているのか妹よ!
いや、しかし…これは…近いかな。
婚約破棄をダニエルが叫んだ時も、なんだかほっとしたような顔をしていた気がする。
向こうの親族からアルレットの縁談話が出ていた時、あの色男は考え込んだ顔をしていたし。
アルレットから父上を紹介されたときも、満面の笑みだった。
アルレットだって、本当は可愛いんだ。あの、前の婚約者に地味だの華がないだの言われ続けて、表情は硬くなり、着飾ることもやめてしまったけど。
それでもあの子を見つけてくれたのなら…。
そう思いながらアルレットの兄は去っていく馬車に手を振った。
*****
「アルレット?」
さりげなく隣に座った教授が私の手を取る。
「婚約者もいなくなったことだし、僕が君を口説いてもいいね?」
「…はい?」
「君がいなくなるんじゃないかと思った時から、僕はもう、きみのことがあきらめきれなくなった。僕の側にずっといてほしい。」
「いますよ。」
(…秘書として、でしょう?いますよ。願ったりです。面倒な婚約者もいなくなりましたし。)
「…アルレット!」
にっこりと笑った教授からキスが雨のように降ってきて…アルレットはわかりやすく困惑していた。なぜ?なぜそこまで?
教授にキスされて、嫌か、と言われれば、そうでもない。とてもやさしいキスだ。
(…そうか、親愛?うん、そうだな。)
「私も教授のこと尊敬しているし、好きですよ」
そう言ってみた。本当のことだし。
「うん。僕の人生に、君が必要だ」
ぱっと明るい表情になった教授…キスが深くなった。
本気で嫌なら、突き飛ばせるし、蹴り飛ばすこともできる。
でも、教授にされていることは別に嫌じゃない。キスだって初めてだったけど。
こんな私だけど…地味で華もない…誰かに必要だ、と思ってもらえるのは、ことのほか嬉しい。
アルレットはそう思った。それが教授だったから、嬉しいのかな?
教授が馬車の窓のカーテンをみんな閉めて…押し倒された。
早い…流れが速くて付いて行けない。でも別に、嫌じゃない。
アルレットはとりあえず、流されてみるか、と腹をくくって、教授の首にそっと両手を回してみた。




