第6話 帰省。
王都にあるレリア家までは、アカデミアのある国境沿いの街から馬車で2日。
フリッツ教授の持つエルンスト侯爵家の馬車には、上品に家紋が入っている。
子爵位を貰ったが、忙しいので屋敷やら馬車だのの手配はまだしていないらしい。
「教授?論文を進めなくてもよろしかったんですか?」
「うん。君のおかげで充分進んでいるし、俺もこういう機会が無いと実家に顔も出さないから。いい機会だ。」
そう言いながら馬車に一緒に揺られるフリッツ教授。
帰っても長居をする気のなかった私は、ぱぱっととりあえずの荷物をまとめると、教授が回しておいてくれた、寮の前に横付けされていた馬車に乗り込んだ。
綺麗な2頭引きの馬車にも驚いたが、乗り込んだ先に教授がいらっしゃるのに、もっと驚いた。
「大丈夫か?」
そう言って私の握りしめた両手をそっと包んでくださる。
「多分、大丈夫です。前にもあったんです。大けがした、って連絡が来たので何事かと、とりあえず慌てて屋敷に向かったら…」
「……」
「剣術の練習中に、自分の模擬刀が自分のおでこに当たってしまったらしく…ただの打撲?たんこぶが出来てまして…泣いていましたね…あの人、自分の顔が好きですから。それから剣術の練習もやめてしまいましたねぇ。」
「……しかし、今回は危篤、なんだろう?危篤と言ったら…」
「いや。死にはしない気がしますね。あの人に限って。」
「……しかし、もしケガなら、もう君は看病生活か?こんな時にこんなことを言うのもなんだが…もうアカデミアには戻ってこれない?か?」
「……そうですね。まあ、本当にそうなら、ですが。彼のおじいさまにはアテにされていますからね……。はああああっ、」
ため息しか出ない。
私的にはめんどくさいことになったなあ、と言うのが正直な思いだ。
このまま、何かと理由をつけてアカデミアに残ろうかと思っていた。フリッツ教授のところは居心地がよかったし、なんなら、研究員とか?助手とか?秘書とか?そんな名目で居座りたいと考えていた。
本当にダニエルが大けがや大病なら?
奴に代わって、私が領地運営やら社交やらをこなしていくことになる、んだろうな。
奴のおじいさまはもともと、私の持参金を当てにしているようなところがある。逃しはしないだろうし。
「…私、教授の秘書にでもなって、ずっといたかったです。」
ぽつりと言った私の独り言に、教授が驚いているのが見えた。
それもそうですよね…秘書の押し売りみたいになってしまいますものね?




